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ストーブのあたたかさ

掲載日:2026/01/04

 原付バイクで、この季節に長距離ソロツーリングなんて、考えついた俺がバカだった。


 計画しているあいだは楽しかった。が、いざ実際に走り出すと、すぐに後悔した。防寒グローブをしていても指先の感覚はすぐになくなり、フルフェイスヘルメットの中では鼻水が止まらなくなった。


 大阪を出発し、山を越え、500km先の鳥取県までノンストップで走ろうと思っていたが、さすがに途中でへこたれた。引き返すにはもう、町からは離れすぎていた。


 走っているあいだに日が暮れはじめる。

 路面に雪こそないが、今にも降り出しそうだ。

 空気はキンキンに凍りついていて、疲れと寒さに幻覚が見えはじめる。

 包丁を振り上げた老婆が白い木立ちのあいだから現れて、追いかけてきた。

 バイクの速さをものともせずに、裸足で駆けて追ってくる。

 白い景色の中に真っ赤な口の中が鮮やかで、その中に並ぶ黄ばんだ牙が、俺を喰らおうと欲していた。

 逃げている自覚はなく、ただそれを自分がバイクを走らせる言い訳にするように、緩慢に、俺は老婆から逃げ続けた。


 山の中に、昔懐かしい感じのゲームセンターを見つけた。


「おおおぉ……!」

 それが俺には救いの神の宮殿のように見えた。

「助かった!」


 人の気配はしないが明かりが点いている。営業中だ。

 俺はバイクを停めると、凍える身体を落ち着かせながら、急いで中へ駆け込んだ。老婆はもう、追ってきてはいなかった。


 ガラスの観音扉を開けると、もわっとするほどの暖気が俺を包み込んだ。


 大型の石油ストーブが、赤々と燃えていた。


 俺はその側に駆け寄り、グローブを脱いだ両手を差し出した。感覚のない指先に暖かさが染み入り、だんだんと自分の身体の一部としての同一性を取り戻していく。


 ほっとするまで周りが見えていなかった。


 平和な顔を上げて、初めてそれらに気がついた。


 七人の老人が、俺を取り囲み、よだれを垂らしていた。


 欠落だらけの黄ばんだ歯を見せつけて、うまそうなものを見る目で俺を見つめていた。


 うどんの自動販売機に気づいて心を惹かれたが、それどころじゃなかった。身の危険を感じてグローブとヘルメットを抱き寄せると、俺はゲームセンターを飛び出した。




 なんであんなところに老人がいるんだ?


 辺りに民家はまったく見当たらなかった。


 あの人たちはあのゲームセンターに暮らしているのか──


 あるいは人間ではないとしか思えなかった。


 バイクを再び走らせていると、すぐにまた身体の芯まで冷えはじめた。

 後ろからはまたあの老婆が追ってきている。

 ヘルメットの中で歯がガチガチと音を立て続ける。

 それでも止まらず走り続けていると、前方に明かりが見えてきた。

 また同じ、あのゲームセンターだった。


 ストーブにあたりたい……。


 うどんの自動販売機で、うどんを買って、身体をあたためたい……。


 駐車場には、さっきはなかった銀色の乗用車が停まっている。俺はバイクを店先に停めると、感覚のすっかりなくなっている身体を動かして、中へ入った。


 石油ストーブが赤々と燃えていた。


 ほっとする。


 乗用車のひとだろう──老人たちが、若い男女の肉を引き裂いて食っていた。


 そんなことよりストーブだ──


 ストーブのあたたかさが、俺を狂わせていった。





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― 新着の感想 ―
面白いなぁ、この作品。人が食われてんのに、ストーブに当たるのを優先するとか…頭イってんねぇ!
うどんの自販機が残っているゲームセンターはレアですね。 中で湯切りされたうどんや蕎麦が出てくる自販機は日本に現存しているのは現在60台位だそうですから、こういうシチュエーションでなければ暖を取れるだけ…
鳥取県に着けるといいなあ。 鳥取県、行ったことないけど、今ごろ雪がたくさん積もってるんでしょうね。
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