ストーブのあたたかさ
原付バイクで、この季節に長距離ソロツーリングなんて、考えついた俺がバカだった。
計画しているあいだは楽しかった。が、いざ実際に走り出すと、すぐに後悔した。防寒グローブをしていても指先の感覚はすぐになくなり、フルフェイスヘルメットの中では鼻水が止まらなくなった。
大阪を出発し、山を越え、500km先の鳥取県までノンストップで走ろうと思っていたが、さすがに途中でへこたれた。引き返すにはもう、町からは離れすぎていた。
走っているあいだに日が暮れはじめる。
路面に雪こそないが、今にも降り出しそうだ。
空気はキンキンに凍りついていて、疲れと寒さに幻覚が見えはじめる。
包丁を振り上げた老婆が白い木立ちのあいだから現れて、追いかけてきた。
バイクの速さをものともせずに、裸足で駆けて追ってくる。
白い景色の中に真っ赤な口の中が鮮やかで、その中に並ぶ黄ばんだ牙が、俺を喰らおうと欲していた。
逃げている自覚はなく、ただそれを自分がバイクを走らせる言い訳にするように、緩慢に、俺は老婆から逃げ続けた。
山の中に、昔懐かしい感じのゲームセンターを見つけた。
「おおおぉ……!」
それが俺には救いの神の宮殿のように見えた。
「助かった!」
人の気配はしないが明かりが点いている。営業中だ。
俺はバイクを停めると、凍える身体を落ち着かせながら、急いで中へ駆け込んだ。老婆はもう、追ってきてはいなかった。
ガラスの観音扉を開けると、もわっとするほどの暖気が俺を包み込んだ。
大型の石油ストーブが、赤々と燃えていた。
俺はその側に駆け寄り、グローブを脱いだ両手を差し出した。感覚のない指先に暖かさが染み入り、だんだんと自分の身体の一部としての同一性を取り戻していく。
ほっとするまで周りが見えていなかった。
平和な顔を上げて、初めてそれらに気がついた。
七人の老人が、俺を取り囲み、よだれを垂らしていた。
欠落だらけの黄ばんだ歯を見せつけて、うまそうなものを見る目で俺を見つめていた。
うどんの自動販売機に気づいて心を惹かれたが、それどころじゃなかった。身の危険を感じてグローブとヘルメットを抱き寄せると、俺はゲームセンターを飛び出した。
なんであんなところに老人がいるんだ?
辺りに民家はまったく見当たらなかった。
あの人たちはあのゲームセンターに暮らしているのか──
あるいは人間ではないとしか思えなかった。
バイクを再び走らせていると、すぐにまた身体の芯まで冷えはじめた。
後ろからはまたあの老婆が追ってきている。
ヘルメットの中で歯がガチガチと音を立て続ける。
それでも止まらず走り続けていると、前方に明かりが見えてきた。
また同じ、あのゲームセンターだった。
ストーブにあたりたい……。
うどんの自動販売機で、うどんを買って、身体をあたためたい……。
駐車場には、さっきはなかった銀色の乗用車が停まっている。俺はバイクを店先に停めると、感覚のすっかりなくなっている身体を動かして、中へ入った。
石油ストーブが赤々と燃えていた。
ほっとする。
乗用車のひとだろう──老人たちが、若い男女の肉を引き裂いて食っていた。
そんなことよりストーブだ──
ストーブのあたたかさが、俺を狂わせていった。




