死神
夢の続きを見ているようだった。
空気の重さも、風の匂いも、昨日と少しだけ違う。
でも誰も、それに気づいていない。
まるで世界のほうが“整合性を取ってる”みたいに。
「藤堂、顔色悪くね?」
1限目の古文の時間、隣の席の春木が声をかけてきた。
相変わらずの眠そうな目で、シャーペンを回している。
「寝不足?」
「まあ、そんなとこ」
「昨日ゲームやってた?」
「いや……死神と会ってた」
冗談のつもりで言ったのに、
春木は「ふーん」とだけ言って、またノートに視線を落とした。
その反応が逆に怖い。
黒板の上の時計が、ぴたりと止まっていた。
針は八時二十六分のまま。
先生も誰も気づいていない。
秒針の音が消えた瞬間、教室のざわめきが少し遠のいた気がした。
窓の外で、風が一瞬止んだ。
昨日と同じ。
――また、始まっている。
***
昼休み、屋上でパンを食べていると、
どこからか声がした。
「こんにちは、真くん」
パンを落としかけた。
声の方向を見ると、フェンスの向こう側、
風に髪を揺らしながら立っている白いワンピース。
「お前、ほんとに来るな……」
「言ったでしょ。世界、まだ終わってないって」
「それ、どういう意味だよ」
「君の“死”が、まだ確定してないの」
彼女はそう言って、笑った。
昨日と同じ、少しだけ寂しい笑み。
「昨日、確かに君は“死ぬはず”だった。
でも、君は“間に合った”。」
「間に合ったって……何に?」
「この世界に、もう一度“選ばれる”ことに」
意味が分からない。
けれど、風がその言葉を裏づけるように吹いた。
校庭の桜の葉がひとひら、空に吸い込まれるように舞い上がる。
「ねぇ真くん。昨日のこと、誰かに話した?」
「いや……話しても信じないだろ」
「うん、そうだね。誰も覚えてないから」
「え?」
シオは校舎の方を指さした。
そこでは春木たちが笑いながら、弁当を食べている。
昨日、俺と一緒に坂を下りたあの道の話をしたやつだ。
「昨日の夕方、君は消えた。
でも、世界は“君が消えなかったこと”にして、時間を繋いだの。
記憶を少し削って、整合性を取った。
だから誰も、君が死にかけたことを知らない」
「……そんな、漫画みたいな話」
「ラノベっぽいでしょ?」
くすりと笑う。
でもその笑顔は、どこか作り物めいていた。
「それにね、真くん。もうひとつ“歪み”がある」
「歪み?」
「“昨日の君”が、まだ町のどこかにいる」
空気が一瞬、冷たくなった。
「冗談、だろ」
「君が“間に合った”代わりに、“間に合わなかった君”が残ったの。
放っておくと、いずれこの世界が裂ける」
風が強く吹き、シオの髪が舞った。
その一瞬、彼女の輪郭が揺らぎ、
透けるように向こうの空が見えた。
「ねぇ真くん。探してくれない? “もうひとりの君”を」
「……それを見つけたら、どうなるんだ」
「そのとき、君は本当の意味で“生きる”か、“消える”かを選ぶことになる」
放課後のチャイムが鳴った。
音がやけに遠く感じる。
俺はただ立ち尽くしたまま、
風に吹かれるシオを見ていた。
「行こう」
彼女が言う。
「まだ放課後は終わってないから」
彼女が指さした先には、
昨日の夕暮れで見た“山の向こうの道”が、
また、ぼんやりと浮かび上がっていた。
そして俺は――もう一度、その道へ歩き出した。




