epilogue.歌が裁くこの世界で
――セリア・ライトフォード著『歌が裁くこの世界で』より抜粋
静かな部屋だった。
窓の外には夕暮れの風が吹き、柔らかな光が机の上に落ちている。
羽ペンを持つ手が動き、インクの滲む音だけが空間を満たしていた。
書き手は、かつて異端と呼ばれ、世界に問いを投げた少女――セリア・ライトフォード。
その姿はもう“戦う者”ではなかった。
ただ、語る者として、ここにいた。
「この世界には、神がいて、歌があって、祈りがありました。
けれど、そのすべてが“正しさ”ではありませんでした。
それらは、選ばれることを求めていたのです」
ペン先が止まる。
セリアは一度、書いた文字を見つめる。
その内容が過去を裁くのではなく、未来に何かを“遺す”ものとなっているか、静かに問い直すように。
「私は、異端でした。
でもそれは、“別の可能性”を選んだという意味にすぎません。
誰かの歌に支配されず、
神の声に従うのでもなく、
自分の歌を信じるという“自由”を選んだだけです」
本の中には、あの時のことがすべて綴られている。
初めての祈り。
最初の仲間。
歌が暴走しかけた日。
信じることの痛みと、
それでも前を向く力。
そして、誰かに届いたあの一瞬の“共鳴”。
「世界を変えようとは思いませんでした。
私は、ただ“問いたかった”だけなのです。
信仰とは何か。
正しさとは何か。
そして――歌とは何か」
窓の外では、子どもたちが何かを歌っていた。
それはかつて“異端”とされた調律の旋律。
いまはもう、誰もそれを恐れていない。
かつて神のものだった“声”は、
人々の中に、確かに根を張り始めていた。
セリアは最後のページを開き、静かに記す。
『歌が裁くこの世界で』
著:セリア・ライトフォード
――これは、わたしの声の記録。
そして、あなたが歌うための、最初の楽譜。
ペンを置いた。
それは、すべての終わりではなく――
**次の誰かが歌い始めるための、静かな“始まり”**だった。
彼女は椅子から立ち上がり、机を振り返らずに部屋を出た。
残された本の表紙には、確かに刻まれていた。
『歌が裁くこの世界で』
⸻
完
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