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86.歌が裁く新たな調律

光が満ちていた。


刃の音も、叫びも、沈黙さえも――すべてが“響き”へと溶けていく。

それは歌ではない。ただ、共鳴だった。

誰かの命令ではなく、誰かの祈りでもない。

“世界が応えた声”だった。


セリアの歌は、まだ続いていた。

言葉は消え、旋律さえ超えて、ただ“問い”だけが空間に流れ込んでいく。


(どうか、選んで――あなた自身の声で)


調律の間の天井が開き、空が見えた。

神殿を取り囲む無数の音響柱が揺らぎ、その頂点に浮かぶ歌碑が淡く光を灯す。

石でしかなかったはずのそれらが、まるで応えるかのように、音の波を返していた。


レオンたちがたどり着いたのは、その瞬間だった。


「これは……」


アイリスが見たのは、空中に浮かぶ無数の波紋。

祈りの装置でも、魔導機でもない――共鳴装置。

それらはすべて、“女神の声を聞くため”に築かれてきた。


だがいま、それらはセリアの歌に応じている。


「神の声は……もう必要ないのか……?」


ジェイドの呟きに、誰も答えなかった。

ただ、皆その光景を、沈黙の中で見つめていた。




セリアの前に、グランは膝をついていた。


彼の鎧は砕け、祈りの術式も解けていた。

だが彼は、生きていた。

歌に討たれたわけではない。ただ、“声”を失っただけだった。


「どうして……お前の歌が……世界を……」


グランの目には、理解と拒絶、そして微かな希望の色が混ざっていた。


セリアは答えず、そっと目を閉じた。


「あなたが否定したのは、女神の沈黙じゃない。

“誰かが自分で選ぶ力”だった。

でも、わたしはそれを信じたいの。

誰かが歌い、誰かが応える、そういう世界を」


グランは言葉を失った。

彼に残されたのは、自らの“裁きの声”が届かないという事実だけ。


それは敗北ではなかった。

ただ、“定義”の崩壊だった。




神殿の天井に、柔らかな青い光が差し込む。


世界は終わらない。

崩壊も、革命も起きなかった。


ただ、“響き”が変わった。

女神の沈黙の先に、人の歌が響いた。


それだけだった。




その夜。

神殿から外に出たセリアは、誰もいない広場に立っていた。

音の残響が、まだ空に漂っていた。


リクが小走りで駆け寄ってくる。


「セリア……すごかったよ。

あんな歌、聴いたことなかった」


「ありがとう。でも……これは、私一人の力じゃない。

みんなが、私の歌に“応えよう”としてくれたから――」


そこに、レオンとアイリスも姿を現す。


「これで、本当に終わったんだな」

レオンが言う。


「違うわ」

セリアが微笑む。


「やっと、“始められる”の」


アイリスは、少し目を伏せてから、頷いた。


「あなたの歌は……もう異端なんかじゃない。

それは、誰かの祈りでもなく、命令でもなく――確かな“調律”だった」




そして、セリアは歩き出す。

過去の定義を、ただ否定するのではなく。

未来に繋ぐ“調律者”として。


彼女の中にあった問い――

「歌とは、何か」

その答えはまだ見つかっていない。


けれど、こうは言える。


「答えがないから、歌うんだ」

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