表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/97

80.歌が裁く答えのない問い

沈黙――

それは、誰よりも多くの言葉を知る者が選ぶ、最後の答え。


セリアは神殿の外れにある小さな礼拝堂にいた。祭壇には火が灯されず、薄暗い石壁が静寂の空気を包んでいる。その中心で、彼女は歌わずに座っていた。


アリアは答えなかった。

祈りにも、呼びかけにも。

ただ、沈黙を返した。


だがその沈黙は、拒絶ではなかった。

あの日、封祀の間で歌った旋律は確かに“届いて”いた。響きは返らずとも、共鳴は感じた。

それが“聞かれた”という証拠だと、セリアは信じていた。


「……でも、それだけじゃ、足りない」


ポツリと漏れた言葉は、誰に届くわけでもなかった。

けれどその言葉が、今の彼女のすべてだった。




「またここにいたのか」


背後から聞こえた声に、セリアは振り返る。そこには、レオンがいた。淡い光の差し込む扉を背にして、騎士の外套のまま佇んでいる。


「考えてたの。あの日、女神が返さなかった答えについて」


「……俺も、あの沈黙が何を意味するのか、ずっと考えてた。拒絶なのか、試練なのか、それとも……」


「委ねられたのよ」


セリアの声は静かだった。けれどその声には、確かな震えがあった。


「アリアは、答えを与えなかった。命令も、導きもなかった。……だから、きっと、“選ばせた”の」


レオンは黙って、隣に座る。二人の間に、沈黙が落ちる。

それはかつてのような“恐れの沈黙”ではなく、“問いを携えた沈黙”だった。




やがてセリアは、そっと手のひらを開いた。


その掌の上で、小さく震える音の欠片が漂っていた。

かつて魔物の中枢から得た“破調の粒子”。ナノマシンの共鳴データを保存していた破片。

ジェイドが密かに渡してくれた、研究用の一部だった。


「これ……ずっと封印してたの。怖かったから。

もしまた、声が暴れたら、私自身が壊れてしまうって」


「けれど、使うんだな?」

レオンの問いに、セリアは静かに頷く。


「使うかどうかは、まだ決めてない。ただ、知りたいの。

わたしの歌は、“癒すため”だけのものじゃない。“問いかける”こともできるのかって」


「……問いかける歌、か」




その日の夜、研究棟の地下。

ジェイドとアイリスが、古代の記録に目を通していた。


「“自己判断モード”……つまり、受信側が“意志を持って”応答を返す状態か。完全自律に近い制御構造だ」


「それが、アリア中枢の本質……?」


「そうかもしれない。信仰の形じゃなく、響きの構造としてのアリア。

セリアがあの時、沈黙を受け取ったのは、拒絶ではない。

“応答を保留する自由”を渡されたってことだ」


アイリスは書物から目を離し、言った。


「でも、それが“自由”ならば……セリアは、何を選ぶの?」


ジェイドは苦笑する。


「それを選べるのが、セリアだからさ。僕たちはただ……その選択を見届けるだけだ」




一方、神殿の最上層。

調律の間でグラン・エスパーダはゆっくりと玉座に腰掛けていた。

彼の前には、数人の神官たちと側近の騎士たち。


「神は沈黙した。だが沈黙は“空白”を生む。

その空白は、すぐに“別の声”に埋められる」


「……セリア・ライトフォードの声、ですね?」


神官の一人が問う。グランは頷いた。


「そうだ。だからこそ、定義せねばならぬ。

“女神アリアの意思”とは、“こうあるべきだ”と。

声が乱れぬよう、秩序を取り戻す。それが我らの務めだ」


彼の目は静かに、そして確かに“排除”を語っていた。




夜の帳が神殿を包み、セリアはひとり、歌碑の前に立っていた。


風に揺れる髪の向こう、彼女の目には迷いがあった。

だが、その迷いは、信仰の喪失ではなく――問いを携えた意志の証。


「女神アリア。

もしこの声が、わたし自身の意志でしかないのなら。

それでも……世界は、聞いてくれますか?」


彼女はそっと、息を吸い込んだ。


そしてまだ歌わないまま、胸に残る問いだけを強く握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ