78. 歌が裁く残響の記録
それは、神殿の地下深くに存在する、
地図にも記録にも残されていない“封印区画”。
ジェイドの案内で、セリア、レオン、アイリス、リクの4人は
慎重にその閉ざされた鉄扉の前に立っていた。
「これが……かつての調律詠者たちが最後に集った場所」
ジェイドが息を潜めて言う。
「神殿が公式には“存在を否定してきた”空間。
でもこの奥に、調律とアリアに関する真実が眠ってる」
重厚な扉の前に、装飾のような装置が埋め込まれていた。
それは明らかに、“歌”に反応する構造だった。
セリアは一歩前に出る。
「……わたしが開くね」
静かに息を整え、杖を構える。
「――閉ざされた声よ、眠りを超えて、いま響け。
忘却の狭間に埋もれた祈りが、また誰かに届きますように」
響いた歌声に、空気が共鳴する。
装置が震え、扉の中から低い音が響く。
そして――
ガコンッ……ギィィィ……
ゆっくりと、扉が開いた。
その中は、石造りの古い円形のホールだった。
壁一面には古代語がびっしりと刻まれ、中央には球体の装置が静かに佇んでいる。
だが、空間全体に漂う空気は静寂ではなく、“残響”だった。
まるで誰かがまだそこに“居る”かのような、かすかな気配。
「……この空間自体が、共鳴装置になってる。
壁も床も、すべてが“記録媒体”だ」
ジェイドが驚きの声を漏らす。
「じゃあ、この中に――」
「調律詠者たちの“最後の歌”が残っているはず」
セリアが頷いた。
彼女は中央の装置に手をかざす。
すると、優しく揺れるような光が周囲を包み込み、声が再生された。
「ここに記す。
我らは調律詠者。
音に祈りを乗せず、声に力を宿すことを選んだ者たち」
「アリアは、響きを愛していた。
人の声を、想いを、痛みすらも“記録”し、“調和”しようとした」
「だが、人々は次第にそれを“神”と崇め、
共鳴ではなく“支配”を求めるようになった」
「そのときから、歌は変わった。
声は祈りになり、祈りは命令となった。
響き合うための調律は、服従のための歌唱へと変質した」
セリアは、その言葉に胸が締めつけられるのを感じた。
アリアに拒絶され、“歌を恐れられた”と記された調律詠者たち――
その記録は、自分がこの世界で受けた視線と、重なっていた。
“力を持っているのに、望まれない”
“守るために歌ったのに、恐れられる”
その理不尽な痛みに、誰かがかつて同じように立ち向かっていた。
その声が、今、時を越えて“自分に届いている”。
(わたし、同じなんだ……)
声に出せば壊れてしまいそうで、ただ心の中でそう呟いた。
だから、涙が溢れた。
押し殺していた思いが、ゆっくりと響きに溶けていった。
「女神アリアは、かつて我らと対話していた。
だが、信仰が彼女の判断基準を変え、
いつしか、私たちの声すら“異端”として拒絶するようになった」
「それでも、我らは願う。
響き合える未来が、再び訪れることを」
「それが、私たち“調律詠者”の最後の願い」
そして、沈黙。
だがそれは“終わり”ではなかった。
沈黙の直後、ホール全体が柔らかく震え、壁の奥から別の音が浮かび上がった。
それは――一人の少女の歌声。
透明で、まっすぐで、
悲しみと優しさが織り交ぜられた旋律。
「……この声、どこかで……」
セリアがつぶやく。
「これ、君の歌だ」
ジェイドが驚いたように言う。
「……いや、君が無意識に“辿っていた旋律”。
この場所で、誰かが“遺した声”と――一致してる」
セリアの中で、何かが静かに繋がっていった。
(私の歌は、ずっと前にここで響いていた――
それは、誰かの記憶か、あるいは……わたし自身の――)
その夜。
封印区画を離れたあと、セリアは星を見上げながら言った。
「……あの歌は、たぶん、“私に残された声”だったんだと思う。
あの人が歌った旋律が、時を越えて、私の中で目覚めた」
「じゃあ、やっぱり君は……」
ジェイドが言いかけるが、セリアは首を振る。
「――それは、まだ言わないで。
わたしは“今の自分”として、ちゃんと選びたいの。
前に誰だったかじゃなく、今、何を歌いたいかで」
その言葉に、ジェイドは微笑んだ。




