6. 歌が裁く謎の共鳴
夜が更け、神詠騎士団の寮に戻ったセリアは、静かにベッドに腰を下ろした。
初めての実戦――魔物との戦いが終わり、身体中が重く感じる。
戦いの最中、支援歌を歌い続けた喉がひりつき、腕も疲労で鈍い痛みを訴えていた。
(私……本当に役に立てたのかな……)
後方支援としての役割は果たしたが、戦場でリクが倒れるのを守れなかった自分が情けなく思えた。
リク自身は「助かった」と笑ってくれたが、セリアの心にはわだかまりが残っている。
その時、扉がノックされ、リクが顔を覗かせた。
「セリア、大丈夫か? 無理してない?」
「うん、大丈夫だよ。リクこそ、怪我は平気?」
「おかげさまでな。セリアの回復が効いたよ」
リクは軽く笑ってみせたが、その顔には少し陰りがあった。
「実はさ、さっき先輩たちから聞いたんだけど……」
リクが言葉を濁す。
「どうしたの?」
「……魔物が、歌詠士を真っ先に狙うのって、やっぱり異常らしいんだ」
「え?」
セリアは目を丸くした。
「普通、魔物って無差別に暴れることが多いらしいけど、今回のグロウルウルフたちはやたらと歌詠士を狙ってた。前衛の騎士よりも優先して……」
「でも、訓練士の人が言ってたよ。魔物は知能が高くて、支援役を優先的に狙うって……」
「それはそうなんだけどさ……それにしても今回は異様だったって」
リクが不安そうに眉をひそめる。
「それって……どういうこと?」
「わからない。でも、先輩たちは『歌詠士に対して特別な執着があるように見えた』って言ってた」
セリアはその言葉に胸がざわつくのを感じた。
(私たちの歌が、魔物を引き寄せている……?)
そんな不安が頭をよぎるが、根拠はない。
次の日、訓練場に集合すると、アイリス隊長が訓練生を集めていた。
「昨日の戦闘で、歌詠士を狙う魔物が多発した。これに対して、支援歌を発動する際にはより慎重に行動するように」
アイリスの声が厳しく響く。
「歌詠士は支援が主な役割だが、戦闘中に狙われやすいことは以前から知られている。しかし、今回のように集中的に狙われるケースは異例だ」
訓練生たちの間に不安が広がった。
「そこで、今後の訓練では『防護歌』を特訓する。支援中に襲われた際、自らを守る力を身につける必要がある」
アイリスの言葉に、セリアは安堵と緊張が入り混じった感覚を覚えた。
(もっと自分を守れる力があれば、リクを守れたのに……)
午前中の訓練が終わり、セリアはリクと共に食堂へ向かった。
食堂内は戦闘の話題で持ちきりだった。
「やっぱり歌詠士が狙われやすいのって危ないよな」
「前線より後方支援のほうがよっぽど危険じゃないか?」
訓練生たちが囁き合う中、セリアは考え込んでいた。
「セリア、何か考えてるのか?」
リクが声をかけてきた。
「うん……どうして魔物が歌詠士を狙うのか、ずっと気になってて……」
「それは……わかんないけど、俺たちは支援が仕事だからな」
「そうだね。でも、何か理由がある気がしてならないの」
セリアの言葉に、リクも黙り込んだ。
夜になり、セリアは一人で寮の中庭に出た。
冷たい風が頬を撫で、満月が煌々と輝いている。
(歌が魔物を引き寄せているとしたら……どうして?)
そんな疑問を抱きながら、ふと小さく歌を口ずさんだ。
「――癒しの光よ、安寧を与え、傷を癒せ……」
月光の中で響くその旋律が、心を少しだけ落ち着かせた。
だが、不意に背後から声がした。
「夜に歌うなんて珍しいな」
振り返ると、そこにはレオンが立っていた。
「副団長……すみません、邪魔してしまって」
「いや、別にいい。君の歌は心地よいからな」
レオンが柔らかく微笑む。
「昨日の戦闘、よく頑張ったな。初陣にしては上出来だ」
「ありがとうございます。でも……私はまだまだです」
セリアが自嘲気味に笑うと、レオンは少し表情を曇らせた。
「何か悩んでいるのか?」
「その……魔物がどうして歌詠士を優先して狙うのか、気になっていて……」
レオンはしばらく考え込んだ。
「確かに、歌詠士が狙われやすいのは昔からだが、今回は特に異常だった。だが、原因はまだわからない」
「もし私の歌が引き寄せているとしたら……」
「それは考えすぎだ。君だけが原因ではない」
レオンが力強く言い切り、セリアの不安を少し和らげた。
「歌を恐れる必要はない。信じて歌い続ければ、必ず答えは見つかるはずだ」
「……はい」
レオンの言葉が、胸の中で小さな希望を灯した。