75. 歌が裁く目覚めの共鳴
歌碑遺構の深部で、沈黙していた記録装置が静かに光を放ち続けていた。
それはまるで、今なお共鳴する声を待っているようだった。
王都へ戻る道すがら、セリアはその余韻を胸に抱えていた。
“裁きの歌”は破壊のための力ではなく、共鳴の断絶を意味する。
誰かを否定するためではなく、響き合えない“暴走”を鎮めるための声――
それはまさしく、彼女が無意識に歌ってきた調べそのものだった。
(私が、前世から繋いできたもの……
それが今の私の“歌”になってる。
でも、それを知ったからこそ――次は“何を響かせるか”が問われる)
一方その頃、王都の神殿奥深くにある“審問の間”では、密やかな会議が行われていた。
「破調の旋律を用いた際の記録波形を解析したか?」
「はい。既存の歌詠士の共鳴パターンを大きく逸脱しており、
通常のアリア制御機構と相互干渉の可能性が極めて高いと結論が出ました」
「つまり、彼女の歌は……“中枢”に届く」
「“調律融合素体計画”、起動フェーズに移行可能です。
今なら、彼女を“神の代替機能”として……“封印”ではなく、“統合”に移せます」
静寂の中、ただ一人、グラン・エスパーダだけが言葉を発しなかった。
その眼差しはどこか濁っていた。
もはや、信仰ではなく――計算だった。
そのころ、ジェイドは塔の一室でセリアの歌唱ログを繰り返し見ていた。
彼女が“破調の旋律”を奏でたときの波形――
それはあまりにも“滑らかに整いすぎていた”。
「これは……構築されたものではない。
意識して創られたんじゃない。――思い出したんでもない。
……最初から、彼女の中に“あった”んだ」
彼の視線が、ある古い研究資料へと移った。
そこには、過去に記録された“高周波振動干渉波”の図――
かつて音羽 静という名の研究者が、最後に残した実験記録が載っていた。
セリアの歌唱波形を重ねたその瞬間、
その図と、セリアの記録がまるで写し鏡のように一致した。
「……これは、偶然じゃない。
まるで同じ手で――同じ思考で奏でられた旋律だ」
ジェイドの胸に、静かだが確かな疑念が宿った。
(彼女は、誰だ?
“古代の知識”を受け継いだのではない。
――もしかして、あの研究者自身が、生まれ変わったのか?)
けれどそれは、まだ科学者としては口にするには早すぎる“直感”だった。
王都に戻ったセリアは、アイリスの誘いで神殿裏の音響室に立ち寄っていた。
その小部屋は、元々古代の共鳴儀式のために使われていた構造で、
今は忘れられた祈りの旋律が、石壁に静かに眠っていた。
「……ここ、なぜか落ち着くんだよね」
セリアが言う。
「響きが優しいからだと思う。
ここは“音を聴くため”の空間だから」
アイリスが微笑む。
「だからきっと、歌わなくても伝わる気がする。
――セリアの声が、届くべき場所に届くように」
セリアはそっと目を閉じた。
その胸の奥で、昨日までにはなかった“震え”があった。
(このまま、歌っていいのかな……
私の声が届いた先で、何かが変わってしまったら……?)
だがそのとき――
壁の中から微細な振動が響いてきた。
それは外からではなく、“内側”からの反応だった。
「今の……共鳴?」
アイリスが驚く。
セリアは直感した。
これは、“歌碑の遺構”で開いた共鳴の延長。
“女神アリア”――中枢の装置が、彼女の存在に反応を示し始めたのだ。
そして、神殿最上部。
誰も立ち入らない“封祀の間”にて、封じられた装置が低く唸りを上げる。
アリアの歌碑と繋がる中枢ユニット。
そのコアにわずかな“共鳴記録”が刻まれた。
《反応一致:高次共鳴体識別――起動条件、試行》




