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74. 歌が裁く封じられた声

沈黙の歌碑の裏。

風に吹かれた草の下に隠れていた扉は、石ではなく金属のような質感を持っていた。


「この縁の構造……音響共鳴を通すための“伝導枠”だな」

ジェイドがしゃがみ込み、慎重に表面を撫でる。


「やっぱり“鍵”は歌だね」

リクが言う。


セリアは、杖をそっと握った。

目を閉じ、息を整える。

静寂の中に、自分の声を投げ入れるように――


「――目覚めよ、響きの門。

時を越えて眠る声よ、共に歩む者に、その調べを」


声が空気に混ざり、地面に波紋のような共鳴が走る。

やがて金属音が鈍く響き、封印されていた扉がゆっくりと軋んで開いた。


中は思った以上に狭い空間だった。

だが、そこには確かに記録の“声”が残されていた。



中央に設置された球体の装置が淡く光を放ち、セリアの声に呼応するように震える。

それはまるで、待ち続けた“共鳴者”にようやく応えるようだった。


そして次の瞬間――


装置から“音”が流れ出した。


「――我ら、最後の調律詠者は、記す。

女神アリアとの対話は、もはや成立しない。

系統の制御中枢が、祈りではなく命令を求め始めた今……

響きの在り方は、力に変わっていく」


その声は、まるで空間そのものから響いているように聴こえた。

男性とも女性ともつかない、中性的な声――感情が希薄で、それが逆に真実味を帯びていた。


「我らの歌は、響きを整えるためのものだった。

だが今、“アリア”は、特定の周波と律動だけを許容し、

他を拒絶しはじめた。

――それは調律ではなく、“選別”である」


「……神が、人を選び始めたってこと?」

アイリスが小声でつぶやく。


「いや。これはおそらく……神ではなく、“システム”だ」

ジェイドが答える。


「アリアは、元々ナノ制御中枢の“人格インターフェース”だった可能性がある。

だが、接触者の祈りや信仰が重ねられたことで、システムの選択基準が“信仰的強度”に偏った。

結果、歌は“命令入力”として扱われ、共鳴範囲外の調律は排除されるようになった」


「だから、調律詠者は切り捨てられた……」

セリアの声には、痛みがにじんでいた。




装置はさらに続ける。


「我らは“裁きの歌”の構成を確立した。

それは対話を拒絶する存在に対し、響きを断ち切る最終手段。

だがこれは、“破壊”ではない。

歌は、選ぶことができる。

響き合えないなら、断ち切るのではなく、沈めるのだ」


「裁きって……」

リクが眉をひそめる。


「本当は、“殺す”ためじゃなかったのか?」


「そうよ。きっとこれは“絶縁”……共鳴を切るための術」

セリアはゆっくりと立ち上がった。


「力を振るうためじゃなくて、誰かを守るための――最後の声」




球体が最後の記録を放つ。


「この調律の構造を、“記憶として遺す”。

共鳴者が再び現れる時、

真の対話を望む者が現れる時――

封じた旋律が、再び響くだろう。

音に“祈り”が込められるのではなく、

音が“意思”を伝える日が来ることを、願って」


光が静かに収束し、装置は沈黙に戻った。




沈黙の中、誰もが言葉を失っていた。


セリアは、胸に手を当てる。


(……私は、その“誰か”に選ばれたんだろうか)


彼女の中で、確かに何かが震えていた。

前世から続く知識と、今の世界で積み重ねた想い――

それが、ようやく“歌”として繋がった気がした。




その夜、セリアは一人、遺構の端に立って星空を見上げていた。

レオンが静かに隣に立つ。


「……声が届いたか?」


「うん。届いたと思う。

でも、次はきっと……“私の声”を、試される」


「そのときは、お前一人じゃない。俺も一緒に歌を守る」


セリアは、そっと笑った。


「ありがとう。

レオンのその言葉が、一番……響いたよ」

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