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73. 歌が裁く沈黙の歌碑

王都の南西、緑と霧に包まれた丘陵地帯の奥。

地図にも記されていない一角に、風と時の中に埋もれた遺構があった。


それは“歌碑”と呼ばれていた場所――

かつて調律詠者たちが集い、歌と共に祈り、響き合ったと伝えられる場所。


「ここ……明らかに人の手が加えられてるのに、文献にまったく記録がないんだ」

ジェイドが慎重に苔を払いながらつぶやく。


「風の記録者たちが言ってた場所だね。

“祈りではなく、響きが主だった時代の記録が眠る場所”」

リクが神妙な顔で周囲を見渡す。


中央には、黒く大きな碑が静かに立っていた。

苔に覆われているが、その表面には複雑な線刻と楽譜のような記号が見える。


セリアは静かにその碑の前に立ち、手を伸ばす。

指先が触れた瞬間、風が音を運んだ。

“響き”だった。言葉ではなく、歌でもなく、誰かの声の“残響”。


彼女はゆっくり歌唱杖を構えた。


「――風よ、忘れられし声を集めて。

沈黙の奥に、残された調べを、響かせて」


その歌が空気を震わせると同時に、碑の表面が淡く光り、隠されていた文字が浮かび上がった。


「ここに記すは、最後の調律詠者たちの記録――

女神アリアとの断絶、そして“祈りの意味”の改変。

我らは争わず、ただ響きを守ろうとした。

だが、その調律は沈黙に塗り潰された」


アイリスが小さく息を呑んだ。

その言葉は、今まで信じてきた世界の“裏”を明かすものだった。


「……これは、信仰ができる前の、調律詠者たちの記録……?」


セリアは碑の前に膝をつく。

胸の奥が締め付けられるように痛んでいた。


「歌は……祈りじゃなかった。

もっと、自由で、もっと……誰かと響き合うものだったんだよね……」


ジェイドは碑の側面に視線を移し、苔を削ぎ落とした。

さらに浮かび上がった文字が、また新たな意味を示す。


「“祈り”とは、もともと響きを通じて“対話”する行為だった。

だが信仰がそれを“奉納”に変え、

歌はやがて“一方通行の神語”とされた。

調律詠者たちは排除され、その力は“神の力”とされた」


「……強い改変が入ってるな」

ジェイドが低く言う。


「“力の所在”を曖昧にし、秩序を一方向に収束させた典型的な構造。

これじゃ、本来の歌や調律技術の意味がまるごと覆い隠されてる」


セリアは、風に髪を揺らしながら目を伏せた。


「誰かとつながるための響きが、

いつの間にか“神に捧げるための歌”に変わってしまったんだね……」


ジェイドは静かに首をかしげる。


「……それにしても、君の共鳴の仕方、やっぱり不思議だ。

普通の歌詠士と構造が違う。

いや、構造というより……“根本の前提”が違うような……」


「え?」


「いや……うまく言えないんだけど」

彼は小さく笑った。


「君の歌は、“思い出している”というより、“最初から知っていた”ように響くんだ。

まるでこの遺構が、君の存在そのものに応答しているような気すらする」


セリアはドキリとした。

だが、すぐに微笑んで返す。


「……たぶん、それはこの歌碑が“忘れられた声”を求めてただけだよ。

私じゃなくて、誰かでも……きっと、歌いかければ応えてくれると思う」


ジェイドはその言葉に、ほんの一瞬だけ表情を曇らせたが、何も言わなかった。




風が強まった。

碑の裏側の地面に、金属質な縁取りを持つ“石扉”のような構造物が露出している。


ジェイドが触れると、鈍く振動が伝わってきた。


「これは……音響制御機構の残骸か?

内部に“記録媒体”が残っているかもしれない」


「開けられる?」

レオンが問う。


「歌……じゃないと無理だ。おそらく、共鳴が鍵になってる」


セリアは頷いた。


「じゃあ、歌ってみる。

私の声で、もし響くのなら――この沈黙も、きっとほどけるから」


彼女は静かに目を閉じ、杖を構えた。

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