66.歌が裁く神の座
アリア神殿本殿――
荘厳な回廊を抜け、白と金を基調とした大広間へとセリアは連行されていた。
その背には神詠騎士団から派遣された警備兵がつき、彼女の両脇には神殿付きの司祭が黙々と歩いている。
かつて“信仰の中心”と崇められたこの場で、今、セリアは“異端の可能性”として呼び出された。
(あの日、この場所をただ見上げていた時には想像もしなかった。
自分が、ここで“神の座”に挑む日が来るなんて)
胸の奥で歌が静かに鳴っていた。
緊張でも恐れでもない。
ただ、確かな響きがそこにあった。
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広間の奥、円形の壇上には一人の男が座っていた。
重厚な法衣に身を包み、白髪と冷たい瞳を持つその男こそ――
グラン・エスパーダ、神詠騎士団の団長にして、この国における“信仰の秩序”そのものを体現する存在だった。
「久しいな、セリア・ライトフォード」
その声は穏やかだが、内に鋼のような冷たさを含んでいた。
「あなたが……私を異端と見なして、ここへ呼び出したのですか?」
「否。お前が自ら、その道を選んだのだ。
歌を力に変える力を持ちながら、正規の祈りの形を無視し、独自に歌を変質させる――
それは、もはや祝福ではなく“解放”だ。
そして解放とは、制御されざる混沌であり、神の秩序を脅かす危険因子だ」
その言葉に、セリアはまっすぐに応える。
「……私の歌は、誰かを脅かすためにあるものじゃない。
でも、あなたの言う“秩序”に従って、何も変えずにいたら、
この世界は何も知らないまま、ただ“信じ込まされる”だけになる」
「信仰は、知識を超えた“光”だ。
光とは、すなわち導きであり、余計な選択肢を与えぬ安定だ。
――お前の歌は、その光を歪ませる」
その瞬間、セリアの胸に宿っていた何かが“音”を返した。
冷たい響きに対して、内側から沸き上がる“温かい振動”。
「あなたの言う“光”は、ただ照らすだけ。
でも、私が知った歌は、誰かの傷に触れて、誰かの苦しみに寄り添う力を持っていた。
私は、そういう歌を“失くしたくない”だけです」
「ならば、お前はその信仰から外れた者――“調律詠者”を名乗るか?」
「はい」
セリアは、はっきりとうなずいた。
「私は、信仰と歌の間にあった“真実”を知りました。
それでも、この力を正しく使いたいと願っています。
誰かのために。誰かと共に。
だから私は、“調律詠者”として――この世界の“もうひとつの歌”を継ぎます」
その瞬間、広間の空気が微かに揺れた。
誰かが息を呑む音。誰かが目を見開く音。
そのすべてを越えて、セリアの言葉は響いた。
グラン・エスパーダはしばし黙し、そして静かに立ち上がる。
「では問おう。
お前の言う“調律”とは何だ。
それは、我らの光にとって“対立”なのか、それとも“補完”なのか?」
セリアは答えた。
「“選択”です。
信仰も、科学も、祈りも、願いも――
誰かが選び、響かせるための自由な歌。
私は、誰かが決めた歌ではなく、自分で選んだ歌を“響かせるため”にここにいます」
しんとした沈黙が広間に満ちた。
そして、グラン・エスパーダは冷たく言い放った。
「……ならば、これよりお前は“歌詠士”としての立場を剥奪され、
神殿とのすべての関係を断たれる。
それが、この国において“選ばなかった者”の代償だ」
セリアは静かにうなずいた。
「受け入れます。
でも、私の歌は――これからも誰かの力になれるように響かせていく。
たとえここを失っても、それが私の道だから」
神殿の扉を後にしたセリアは、外に待っていたレオンたちの元へと戻る。
何も語らなくても、彼女の表情と背中だけで、すべてが伝わった。
「終わったか?」
レオンが訊いた。
「……ううん、今始まったところ」
セリアは、まっすぐに前を向いて言った。




