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64.歌が裁く響きの継承

神殿地下、起動した演算装置から微かな振動音が響いていた。


空間は静まり返っているはずなのに、その音はまるで心の奥に直接伝わるようで、セリアは思わず口を閉ざした。

不協和音ではない。けれど、明らかに“今までとは違う響き”がこの空間に満ちている。


「……反応してる」

ジェイドが低く呟いた。

彼の手元の測定器も、淡く明滅を繰り返している。


「装置が歌を記録していたんじゃない。“声そのもの”を記憶していた可能性がある」


「誰の……声?」

リクが喉を鳴らす。


「調律者――かつてこの施設を使っていた人たちだ。

おそらく、君たちと同じように“歌”を操る者たちだった。だが彼らは……消えた」


セリアは演算台の前に進み、そっと手をかざした。

すると、装置の中央がわずかに開き、空中にぼんやりと光の粒子が浮かび上がる。


やがてそれは、人の姿を模した“残響映像”へと変わった。


半透明の姿は、フードをかぶった女性。

その周囲にも数人の影が浮かび、それぞれが装置の操作や会話をしているような動きを見せていた。


声はない。だが、セリアにはわかる。

その“動き”には、確かに意味があった。


(この人たちは、歌ってる。声は聞こえないけど、感覚で伝わってくる)


そして――中央の女性がふと、正面を向いた。


その瞬間、演算装置が再び振動し、空間全体がふるえた。

粒子が渦巻き、構造的な“波形”を描いていく。


「この共鳴……完全にシステムと同期してる。

あの女性が、ここでの“基準音”になっていたんだ」

ジェイドがやや興奮気味に言う。


「基準音……?」


「音楽でいう“チューニングの基準”だよ。

この装置が全体を解析・制御するにあたって、

“誰の歌を正しいとするか”という軸になる人物が必要だった。

――そして、それがこの女性だ」


アイリスが表情を引き締めた。


「まさか……この人が“アリア”?」


セリアも思わず目を見開いた。


(アリア……? 神じゃなくて、“人間”だった?)


映像の女性がそっと手を胸に当て、口を開く――その瞬間、装置の側部から映像が投影された。


そこに浮かび上がったのは、一枚の古文書のようなフォーマット。

だが、そこに書かれていたのは祈りではなかった。


「ARIA SYSTEM:Acoustic Resonance Interface Administrator」


「アリア……システム名……!?」


ジェイドが息を呑む。


「女神アリアっていうのは……固有名じゃない。

“音響共鳴制御システム”の正式名称だ。つまり、“神”じゃない。“機能”だったんだ」


セリアの脳裏に、以前ラグラン遺構で感じた“声なき共鳴”がよみがえる。

そしてそれが今、はっきりと意味を持って形になった。


アリア――それは、“歌を力に変換し、環境や人体に作用させるための中枢AI”。

つまりこの世界の“魔法”の正体は、古代に構築された科学技術の産物だったのだ。



「じゃあ、俺たちは……この“装置”に祈ってただけだったってことか?」

リクがショックを受けたように呟いた。


「……そうとも言えるし、違うとも言える」

セリアは静かに言葉を紡いだ。


「誰かが作った“仕組み”でも、それに込めた想いがあったなら――

それは、確かに祈りだったと思う。

問題なのは、それを“誰かのもの”にしてしまったこと」


「本来は、みんなのために残された技術だったのかもしれないのに……」


アイリスの声は、悔しさと憤りに滲んでいた。


セリアは視線を正面の光へ向けた。


そこにあるのは、もはや“神の像”ではない。

けれど、彼女の中には、確かに尊いものが響いていた。


「私は、これを“否定”しない。

むしろ、この声を“受け継ぐ”。

誰かを支配するためじゃなく、誰かを支えるために――」


「継ぐ、って……お前、何をするつもりなんだ?」

レオンが問う。


セリアは微笑んだ。


「もう一度、この“歌の力”を、人々の手に返す。

神のものでも、権力者のものでもない。

それが、私の選んだ道。

“調律者”として、私はこの響きを繋げたい」




演算装置が再び共鳴し、記録映像が消えていく。

その最後、アリアと呼ばれた女性が静かに手を伸ばしたまま、光の粒に還っていった。


それはまるで、次の“歌い手”にその響きを託すように――。

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