63.歌が裁く隔たれし光
王都ヴェルナス――その中心にあるアリア神殿は、信仰の象徴として人々に崇められてきた。
広々とした大祭壇には、今日も祈りを捧げる人々の姿があった。
だが、セリアたちはその裏にある“もうひとつの真実”を探るため、神殿の奥へと足を踏み入れていた。
祭壇の裏手。
普段は信者や騎士団関係者さえ立ち入らないこの場所には、重厚な石の扉がひっそりと存在していた。
扉の縁に刻まれた文様は、他の神殿建築とは明らかに違っていた。
どこか“機械的な美しさ”すら感じさせる、それは古代の意図を秘めた“鍵”のようだった。
「これが……記録にあった“封印の扉”か」
ジェイドが手元の地図と照らし合わせながらつぶやく。
「神殿の地下に、祈りの力を解析・管理する施設がある。
この扉は、その入り口。開けるには、“ある条件”を満たした声が必要らしい」
「つまり、誰にでも開けられるわけじゃないってことね」
アイリスが警戒を込めて言う。
ジェイドはうなずき、セリアを見た。
「君の歌なら――反応する可能性が高い」
セリアは静かに前に出る。
近づくにつれて、彼女の中で何かが反応するように感じられた。
身体の奥、声の根源がじんわりと熱を帯びる。
(この扉は……私の声を待ってる)
セリアは歌唱杖を胸元に構え、目を閉じる。
「……眠る扉よ、今こそ応えて。
過去を閉ざすだけの封印ではなく、真実を見せて――」
旋律が扉に触れた瞬間、重い石が低く唸るように震えた。
文様が淡く光り、ゆっくりと左右に開かれていく。
扉の奥に広がっていたのは、神殿の荘厳さとはまったく異なる空間だった。
地下施設――
そこは冷たい石と金属が入り混じったような無機質な広間で、青白い光が天井のパネルから漏れていた。
だがその中心には、ひとつの“舞台”があった。
中央に配置された円形の台座。
その周囲に複数の指示灯と音響パネルのような装置。
それは、祈りのための場所というより――何かを“操作する”ための空間に見えた。
「……ここが本当に神殿の地下なの……?」
リクが戸惑いを隠せずに言う。
「ここは“祈る場所”じゃない。“観測する場所”だ」
ジェイドが真剣な口調で続ける。
「この円形の台座……歌の波形を解析する装置だ。
ここで誰かの歌が入力され、それが変換され、外に“力”として放たれていた」
「つまり……女神の“奇跡”は、ここで作られてたってこと?」
アイリスの言葉に、場の空気が沈む。
セリアは、ゆっくりと演算台に近づいた。
譜面のような模様、歌のリズムに似た線刻。
その中に混ざるのは、まるで“命令文”のような形式だった。
「……これは、祈りの言葉に見せかけた、“制御のための記号”……」
「そう。信仰に見せかけて、人々の意識や力をこの装置が“制御”してたんだ」
ジェイドの声が少し震えていた。
「女神アリアの力は、ここから送られていた。……正確には、“ここにあった技術”が、“神”として扱われていたんだ」
しばしの沈黙の後、セリアは演算台の前に立った。
その目は、何かを確かめるように真っ直ぐ前を見つめていた。
「……誰かが残した力でも、誰かが仕組んだ信仰でも。
私は、これをどう使うかを選びたい。
誰かを傷つけるためじゃなく、誰かの願いに寄り添うために」
彼女はゆっくりと杖を構え、深く息を吸った。
「私は……誰かを裁くために歌うんじゃない。
歌は、本来“人の心に寄り添う”ものだから。
だから私は、これからも“整えていく”。
この世界に、必要な響きを。……それが、私の“調律”だと思う」
その言葉に呼応するように、演算台が微かに光を放った。
機構の奥から低い駆動音が響き始める。
まるで長い間止まっていた装置が、再び動き出す合図のように。
レオンが剣を手に周囲を確認する。
「セリア。今の歌……装置が反応した。
気づかれないうちに、早く抜けた方がいい」
「うん。けど……次はもっと奥に進まなきゃならない」
セリアは静かに言った。
「ここはまだ入り口。“真実”は、きっともっと深い場所にある」
アイリスとリクも、何も言わずにうなずく。
それぞれが、自分の信じるものと向き合いながら、歩みを進めていた。




