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59.歌が裁く模倣の森

森の奥で、空気がざわめいていた。


セリアたちは、魔物が頻繁に出没しているというラグラン森林近郊へ調査のため派遣されていた。

王都からの連絡では、「魔物の動きが妙に揃っていて、まるで誰かに操られているようだった」と報告されていたという。


隊には、セリア、レオン、アイリス、リク、そして民間から招かれた音の研究者、ジェイド・クインが加わっていた。


「……変な音が混じってる」

セリアが立ち止まり、耳を澄ませる。

風に乗ってかすかに響く音がある。自然のざわめきとは違う、機械が鳴らすような、微かな低い音。


ジェイドが腰に下げた測定器のような機械を確認する。


「やはりな。周期的に出てる。これ、自然の音じゃない。

誰かが“何かの合図”を出してる。しかも、かなり意図的に」


「合図……? 魔物に向けて?」

リクが眉をひそめる。


「そうとしか思えない。前に聞いたことがある。こういう“音で指示を出すパターン”。

それに、波形がセリア君の歌に近い」


セリアが驚いて顔を上げた。


「私の……歌?」


「君の歌の、音の“リズム”や“響き方”にそっくりな構成が混じってる。

つまり、誰かが君の歌を“真似て”使っている可能性があるってことだ」


(そんなことが……できるの?)


だが、次の瞬間、森の奥から“異様に整った足音”が近づいてきた。


「来る!」

レオンが前に出る。


木々を揺らして飛び出してきたのは、複数の魔物。

本来ならバラバラに動くはずの彼らが、まるで兵士のように動きを揃えて突進してくる。


「やっぱりだ。誰かがこの群れを“指揮”している!」

ジェイドの声が響いた。


アイリスもすぐに気づく。


「見て。あの魔物たち、歌のリズムに合わせて動いてる……!」


セリアはすぐに歌唱杖を構えた。

だがその瞬間、魔物たちの視線が一斉に彼女に向いた。


(え……私の歌に……反応してる?)


「セリア、下がって!」

レオンが叫び、前に出て剣を振るう。

だが魔物たちは、彼の動きを見越したかのように避けて動いた。


(この動き……本当に誰かが操ってる。しかも……私の歌を使って)


「癒しの歌よ、守りの輪となりて、命を包め!」


セリアは歌う。

光が仲間たちを包むが、その瞬間、魔物たちはより強くセリアに引き寄せられた。


「今の歌に反応した……!?」

アイリスの声が鋭く響いた。


ジェイドが補足する。


「おそらく、君の“声”に似た振動に反応してる。

つまり、誰かが“セリアの歌に似た音”を使って、魔物を操る仕組みを作ってるってことだ」


リクが唖然とした顔で言う。


「じゃあ……セリアの歌が悪用されてるってこと……?」


セリアは歯を食いしばった。


「私の歌が、こんなふうに使われるなんて……許せない」


そして、深く息を吸った。


「この声は、誰かを操るためのものじゃない。

守るための歌――その本当の“調律”を、教えてあげる」


「――響け、揺るがせ、命を守る真の歌よ――“調律の詩”!」


セリアの声が森に満ちた。

優しく、そして確かに“本物”の歌が響くと、魔物たちの動きが少しずつ乱れていく。

模倣された構造では再現できない“意志”と“想い”が、空間を塗り替え始めた。


やがて、魔物たちは動きを止め、ひとつずつ力を失い、その場に崩れ落ちた。


戦いが終わり、セリアは肩で息をしていた。

その手をそっと握ると、震えていた指先にじわりと感覚が戻ってきた。


ジェイドが小さく呟く。


「やはり、君の歌は……ただの魔法じゃない。

誰かがこの“歌の構造”を解析し、真似て使っている。

そして、その誰かは、おそらく“前時代の技術”にも通じている存在だ」


「前時代……古代文明の……?」


「そう。“記録者”とでも呼ぶべき者が、かつていた。

もし、今も生きているなら――君の歌と、彼らの記憶が交差する」


セリアは息をのんだ。


(私と同じ……音を研究していた人間が……この世界にも?)


風が吹いた。

ラグランの森は、まだ何かを隠しているように、ざわざわと音を立てていた。

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