58.歌が裁く共鳴の兆し
王都ヴェルナス、北塔区――
セリアの「異端解除」と「調律詠者認定」が発表されてから、すでに三日が経っていた。
だがその変化は、意外なほど静かだった。
神詠騎士団内部でも、教義に関する明確な再構築が始まったわけではなく、
街の人々の間でも、「異端者が許されたらしい」「新しい称号ができたらしい」程度の噂が広がるに留まっていた。
セリア自身もまた、公式な“任務”も“命令”も与えられていない。
与えられたのは、ただひとつ――
「共鳴観察記録官」としての調査任務。
それは、セリアの力が本当に“世界にとって有益か”を見極めるための実地記録であり、
言い換えれば、「観察対象としての現地投入」であった。
「それってつまり……また“実験体扱い”ってことだよね?」
リク・ハーシェルは、いつもの陽気さを抑えきれず、つい声を上げた。
セリアは笑いながら肩をすくめた。
「そんなつもりで命じられたんだと思う。でも……私は悪くないと思ってる。
“観察される側”であっても、“変えていける側”ではあるから」
「……お前、本当に強くなったな」
リクはぽつりと呟いた。
訓練場に集まった若手歌詠士たちの間では、彼女の存在は“象徴”になりつつあった。
異端でありながら認められた調律詠者。
その姿に、旧教義では救えなかった想いを託す者が出始めていた。
その日の夕刻、神詠騎士団に一本の急報が届く。
「南東外郭地帯・ラグラン森林近郊にて魔物が集団出現。
通常を超える個体数、かつ、明確な集団行動パターンあり。
現在、支援部隊を展開中。共鳴現象の兆候あり」
この報告に、最初に反応したのはアイリスだった。
「“共鳴”……また?」
魔物の共鳴現象とは、本来関係のない個体が“連動するような行動”をとる現象であり、
通常は、非常に強力な個体が中心に存在する場合にのみ確認されるものだった。
しかし、ここ最近の観測では――
ごく一般的な魔物ですら、“共鳴行動”をとる事例が増えていた。
その根本原因は、いまだに不明のまま。
けれど、セリアには思い当たることがあった。
(ナノマシン……)
その言葉を胸の中で呟きながら、彼女は小さく首を振った。
まだ口にするには早すぎる。
この世界では、それが“科学”だと知っているのは、自分だけだ。
(でも、確実に“何か”が変わり始めている)
翌朝、調査班の第一陣として、セリアは現地へと向かった。
同行したのは、レオン、リク、アイリス、そして臨時協力者として呼ばれた民間の音響研究者――
ジェイド・クインという男だった。
「君が“調律詠者”か。……なるほど、面白い“声”をしている」
セリアは思わず眉をひそめた。
だがジェイドは真面目な顔のまま続ける。
「この声は、ただの魔力じゃない。“波形”が整いすぎている。
共鳴現象に影響を与えているのは、もしかすると君自身の――“周波数”かもしれないね」
「周波数……」
(やっぱり、彼も“知っている”)
セリアはまだ確信を持てなかったが、
この男の存在が、自分の前世と“この世界の構造”を繋ぐ鍵になる――そんな直感があった。
調査対象のラグラン森林近郊――
森の奥では、すでに部隊が布陣していたが、魔物は姿を見せず、
代わりに、木々の間から“奇妙な振動音”が断続的に響いていた。
ジェイドは耳を澄ませ、すぐにメモを取り始めた。
「これは、一定間隔の反復波。完全な“音信号”だ。
誰かが、あるいは“何かが”発している。
しかもこれは……“合図”のような……」
そのとき、森の向こうから低く唸るような咆哮が響いた。
振動音が止まる。
空気が凍るような沈黙の後――
木々を割って、魔物が姿を現した。
だが、それはただの“襲撃”ではなかった。
複数の魔物が、完全に同じ動きで隊列を組み、音に反応して動いていた。
まるで、誰かがそれを“指揮している”かのように。
セリアは思わず歌唱杖を構えた。
(この動き……ただの“本能”じゃない)
彼女の歌が、試されるときが来ていた。




