表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/97

57.歌が裁く調律の名

王都ヴェルナス、アリア神殿中枢部――

厳粛な鐘の音が、静まり返った礼拝堂に響き渡る。


今日は「異端再審問」の判決が下される日。

朝早くから神官たちが集まり、神詠騎士団の要人たちも席に並んでいた。

普段であれば祈りの場として機能するはずのこの空間は、今や信仰そのものを問う“法廷”のような空気に包まれていた。


礼拝堂の最奥、裁定壇の上。

大神官のひとりが、書面を手に立ち上がる。


「本日、当神殿はセリア=ライトフォードに対する異端再審問において、

証言および“力”の検証を基に、判決を言い渡す」


空気が緊張に縛られる中、彼の声だけが礼拝堂に響いた。


「結論より述べる。

当該者の使用した旋律は、確かに“支援”“回復”“浄化”の範囲を逸脱し、

旧教義に照らして判断すれば、“異端”と見なされる構成である」


セリアは壇の中央に立ち、静かにその言葉を受け止めた。

背筋を伸ばし、目はまっすぐに前を見据えている。

震えも迷いもなかったが、それでも胸の奥は僅かに高鳴っていた。


「しかしながら――

その旋律は、現実において“人命の救助”および“魔物の排除”に寄与し、

かつその効果と意図が“破壊”ではなく“保全”と一致していたと認定する。

これをもって“異端”として裁くことは、教義における内的矛盾を助長するものである」


沈黙。


「よって、当該者・セリア=ライトフォードの“異端”認定を解除する。

ただし、従来の神詠士の定義に該当しない例外者として、

本日より“調律詠者ちょうりつえいしゃ”の称号を与える」


低く、長いざわめきが広がった。

“赦し”ではなく、“新たな定義”。

それは従来の信仰枠組みに収まらない者としての“制度上の居場所”を与える処置だった。


セリアは目を伏せた。


(これは、私の“勝ち”じゃない。

ただ、歌を否定せずに“保留された”に過ぎない。

でも……それでも、もう“否定されたまま”ではない)


大神官が文書を閉じながら続ける。


「“調律詠者”とは、支援・回復・攻撃・浄化すべてを統合し、

その旋律によって“共鳴と調和”をもたらす、新たなる歌の担い手である。

今後同様の力を持つ者が現れた場合、本件を先例とし適用する」


形式的な宣言。

だがそれは、確かな“始まり”でもあった。



判決を終えたセリアが壇から降りると、レオンとアイリスがすぐに駆け寄ってきた。


レオンは何も言わなかった。

ただ、そのまっすぐな眼差しが「おかえり」と語っていた。


アイリスは小さく微笑み、言葉をかける。


「“調律詠者”……それが、あなたに与えられた名なのね」


セリアは静かに頷きながら答えた。


「“異端”でも、“神詠士”でもない。

でも――この“調律の名”でなら、私はこの歌と向き合える。

誰かのために、もう一度……堂々と、歌えると思う」


その声には、揺らぎがなかった。



その日の午後、王都中にセリアの裁定は広がっていた。

神官たちの間では動揺と対話が交錯し、

若き訓練生たちの間では、希望と混乱が入り混じるざわめきが渦巻いていた。


中庭の片隅で、リク・ハーシェルは空を見上げる。


(“調律詠者”か……)


その言葉は、彼にとっても新しい世界の扉だった。

セリアの歌は、ただ異端を許したのではない。

“枠を越える力”として、正式に認められたのだ。


そしてそれは、この世界が「変わる可能性」を手にしたことでもあった。



夜、神殿の高塔の上。

セリアは再び譜面帳を手にしていた。


“失われた旋律”。

“書き加えられた歌”。


かつて「異端」として封じられた音は、今や彼女の中で生きている。


「調律詠者……か」

小さく呟いたその声には、自嘲でも迷いでもない。

ただ、自分に課せられた“責任”と“未来”への決意があった。


(私が歌う理由――

それが世界に裁かれるとしても、

この“名前”と“歌”だけは、最後まで守り抜く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ