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53.歌が裁く隠された譜面

王都ヴェルナスの東翼、神詠騎士団の中央文献庫。

通常、訓練生や中級団員では立ち入りが許されない場所だ。

そこには、歴代の歌詠士たちが記録してきた数百年分の「祈りの譜面」が収められている。


セリアがその場所に足を踏み入れたのは、グランの静かな許可があってのことだった。

「真実に触れる覚悟があるのなら――」

それが、彼が残した唯一の言葉。


(真実に、触れる覚悟――)


セリアは通路を進みながら、何度もその言葉を反芻した。


回復の歌、支援の歌、浄化の歌――すべての譜面は一定の旋律構造とリズム理論に基づいて記されている。

幼い頃から何度も見てきた構成。

だが、今のセリアはそこに“違和感”を抱くようになっていた。


(私は、あの夜……“調和の歌”を無意識に組み立てていた。

あれは、誰にも教えられなかった構成式。でも、歌えた)


古文書担当の神官に導かれ、封印区域へと続く扉の前に立つ。

鉄と石で作られた厚い扉には、アリアの紋章が刻まれていた。


「この先にあるのは、かつて“破棄された譜面”です。

“力の発現”ではなく、“歌の概念そのもの”を壊すもの――と記録されています」


神官の声には、どこか恐怖がにじんでいた。


「ありがとう。あとは、私ひとりで」


セリアはそっと扉を開く。

中には埃の積もった譜面台と、無数の巻物。

その一角に、なぜか異様なほど整った棚がひとつだけあった。


近づくと、そこにあったのは一冊の“譜面帳”。

表紙には文字がない。

だが、その表紙に触れた瞬間、身体の奥でなにかが“共鳴”した。


(これ……)


譜面を開く。

そこには、既知の旋律とは明らかに異なるコード進行と、複層的な音構造が記されていた。


一小節ごとに、二重の音階が交差し、

祈りの旋律の下に“剥き出しの意志”のような構成が走っている。


「これは……攻撃と、支援が……一つの譜に……?」


セリアは座り込み、音読みを始めた。

視覚と聴覚、記憶が絡み合い、前世の感覚が呼び起こされる。


(これは共鳴制御。二重信号の同時発振。

攻撃と癒し――相反するエネルギーを、ひとつの共振で統合する構造)


息をのむ。

これはただの禁術ではない。

“調和”という言葉を完全に体現する、“かつての文明”の遺産だ。


そのとき、不意に足音がした。


「……やはり、ここに来ていたか」


声の主はアイリス・フォーンだった。

彼女は封印扉の外で控えていたはずだったが、セリアの気配に何かを感じたのだろう。


「その譜面……読めるのね、セリア」


「……はい。でも、これ……ただの“古代の歌”じゃない。

これは、“力の源”を歌として構成したもの。

魔法じゃなくて、音響制御そのもの――“現象を引き起こす歌”です」


アイリスの目が揺れた。

「それが、本当に歌で制御できるなら……

信仰は……“音”に過ぎなかったということになる」


「いいえ。違います」

セリアは強く言った。

「“音”は手段。でも、“願い”がなければ、それはただの振動です。

信仰とは、“願うこと”。

願いが音に乗ったとき、それが“力”になる――それは、きっと嘘じゃない」


アイリスはゆっくり息を吐いた。

「……その譜面、私にも見せてくれる?」


セリアは頷き、譜面帳を彼女に手渡した。


アイリスがページをめくる手が震えていた。

それでも目は、逃げなかった。


「この曲……一節だけ、歌える?」


「……ええ。でも、完全な構成じゃない。

いま歌えば、どうなるか分からない」


「それでも、聞きたい。

あなたが本当に“見つけた音”がどんなものかを」


セリアは静かに立ち、呼吸を整える。

歌唱杖を取り出す手が微かに震える。

だがそれは、恐れではなかった。

確信と、不確かな未来への期待が、混ざった感情だった。


「――では、歌います」


口からこぼれたその旋律は、優しくも凛としていた。

支援の和音に、微かに震えるような低音の“衝撃”が重なる。

共鳴石を通さずとも、空気がびりびりと震えるのをアイリスは感じていた。


(これは……この歌は……“世界そのもの”を歌っている)


アイリスは、崩れていく信仰と、

それでも残る“祈り”の形に、涙を浮かべた。


「……セリア。あなたは、やはり……異端ではない。

ただ、私たちが知らなかった“本当の歌”を知ってしまっただけ」


セリアは譜面を閉じ、静かに頷いた。


「この歌を、どう扱うかは……私たち次第です。

でも、隠すことはもうできない。

これは、“裁く歌”ではなく――“開かれた歌”ですから」

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