51.歌が裁く対話の座
王都中心部、神詠騎士団本部――
かつてセリアが訓練に励み、仲間と語らい、信仰に身を委ねたこの場所は、
いま、彼女にとってもっとも“異質な空間”だった。
厚い扉の先には、かつて慣れ親しんだ風景。
清廉な石造りの廊下、聖歌が流れる中央聖堂。
だが、今そこに立つ者たちの視線は、一様に鋭く、張り詰めていた。
レオンとアイリスが前を歩き、セリアはその後ろに続く。
隊員たちの間を通るたび、ささやき声が漏れる。
「戻ってきたのか……」
「異端者が、堂々と……」
「いや、副団長と隊長が一緒に……でも、命令違反じゃ……?」
セリアは目を伏せず、ただまっすぐ前を見据えて歩いた。
(どんな目で見られても構わない。
でも、今日だけは私が“歌う理由”を自分の言葉で伝えなきゃいけない)
神詠騎士団本部、会議の間。
団長グラン・エスパーダを中心に、上層部が円卓を囲んでいた。
その場には数名の高位神官も同席していた。
扉が開き、レオンが進み出る。
「命に背く行動であることは承知のうえで申し上げます。
セリア=ライトフォードは、自らの意志で“対話”のために戻ってきました。
異端者としての処遇を一時留保し、弁明の場を設けるよう、求めます」
一瞬の沈黙の後、重々しい声が響く。
「副団長、自らにその権限があると?」
「ない。だからこそ、私は責任を負います」
続けてアイリスが口を開く。
「彼女の力は、確かに“教義に反する形”で現れました。
でも、それを“存在しないはず”と断じるのは、“現実から目を背ける行為”ではありませんか?」
グランは静かにうなずき、指を一本立てる。
「異端の女を、中央へ」
セリアは一歩ずつ、円卓の中央へ歩み出る。
そこにあるのは裁きの場ではなかった。
だが、“正しさ”を問う声がぶつかり合う、まさに“裁きに似た対話の座”だった。
「……セリア=ライトフォード」
グランの声は低く、鋭い。
「お前は、回復と支援の魔法の枠を越え、“攻撃的”な歌を行使した。
それが神の意志に背くことは、理解しているか?」
セリアは視線を逸らさずに答える。
「はい。ですが、それは“背くために”ではなく、“守るために”歌いました」
「神に与えられぬ力を用いて、何を守ったと?」
「仲間の命と、この世界にまだ残っている“希望”をです」
ざわめきが起きる。
高位神官のひとりが立ち上がる。
「力が正しさを証明するならば、我らは信仰など持たぬままでよいことになる。
君の存在は、信仰の土台を脅かすのだ」
セリアは一瞬だけ沈黙し、そして小さく微笑んだ。
「“信じる力”が、人を救うものであるなら。
なぜ私の歌は、あれほど多くの人の命を守ったときに――“神に背いた”とされなければならなかったんですか?」
円卓の場に再び沈黙が落ちる。
アイリスが小さく口を開く。
「彼女は、“教義”に反したかもしれません。
でも、“信仰心”を捨てたことは一度もありません」
レオンも続く。
「俺は副団長としてではなく、“人間”として言う。
彼女の歌が誰かを傷つけたか?
違う。救おうとしただけだ」
グランは深く椅子に座り直し、目を閉じる。
「信仰とは、揺らぎのないものだ。
だが、揺らいだ信仰がすべて間違いなのかどうか――
それを判断するのは、この場ではなく……“世界”そのものかもしれんな」
セリアは思わず顔を上げた。
その目の奥にあるのは、意外なほど澄んだ“問い”だった。
「……団長は、私を処罰しないんですか?」
「まだ判断は下されていない」
グランは静かに言う。
「だが、問う機会を与えることが“異端の確定”に勝るというのなら……今だけは、お前の“声”を認めよう」
その後、セリアの言葉と歌は騎士団内部で記録として残され、
近く開かれる“神殿評議会”において、正式な異端認定の再審議が行われることが決まった。
それは、彼女の立場が未だ宙ぶらりんであることを意味したが――
同時に、“声が認められた”ことの証でもあった。
夜、騎士団本部の屋上。
セリアは星空を見上げながら呟いた。
「私は、裁かれなかった。でも、まだ許されたわけじゃない」
レオンが横で静かに言う。
「それでも、“言葉にできた”んだ。十分だろ」
アイリスが微笑む。
「始まりは、いつだって“違和感”から生まれるのよ。
あなたの歌は、誰かの心を揺らがせた。
それが変化の第一歩」
セリアはゆっくりと目を閉じ、心に響いた旋律を思い返す。
(これは、“問いかけ”の歌――
まだ終わっていない。“裁かれる前に”、世界を問う必要がある)




