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50.歌が裁く真実の扉

王都ヴェルナス――白壁の城門を前に、セリアは深く息を吐いた。

その吐息が、朝の冷気に溶けていく。


扉は、まだ開かれていない。

それはただの物理的な障壁ではない。

彼女にとって、それは“過去”と“未来”を分かつ、決断の象徴だった。


(私は、今から本当に“戻る”んだ――)


だが心の中で繰り返すその言葉に、どこか違和感があった。

“戻る”のではない。

“踏み入る”のだ――自分という存在が、信仰にとっての“異端”と定義されたこの場所へ。

それでも、彼女は退く理由を持たなかった。


「心の準備は、いいか?」

横に立つレオンが、穏やかに問いかける。

その手は剣に触れていない。

彼の目が向いているのは、セリアの表情だけだった。


「……うん。ありがとう、レオン」

「お前が先に進むなら、俺もついていく。何があっても、な」


もう一方に立つアイリスも、声をかける。

「セリア。恐れなくていい。あなたの歌は、私たちに届いた。

きっと……まだ届いていない人たちにも、響くはず」


セリアは小さく頷いた。

その胸にあるのは不安と覚悟――そして、ほんの少しの希望。



「門を開けろ」

レオンの号令に、門兵たちは一瞬ためらった。

異端とされ、討伐命令まで出ていた少女を通すことが、彼らの職責と矛盾するのは明らかだった。


だが、目の前にいるのは副団長アークライトと、歌詠士隊長アイリス・フォーン――

その正統な権限の前に、誰も剣を抜こうとはしなかった。


「ただし、通過記録には“拘束の意志なし、対話のための入城”と明記しておけ」

レオンの厳しい口調に、門兵のひとりが敬礼しながらうなずく。

「……了解しました、副団長殿」


やがて、城門の鉄扉が軋む音を立てて開かれた。

重たく、ゆっくりと――まるで、王都そのものが拒絶と対話の狭間で“躊躇”しているかのように。


セリアは一歩、扉の向こうへ足を踏み出す。

その瞬間、過去の記憶がよぎった。


初めてこの門をくぐった日。

騎士団の入団試験。

リクとの出会い。

歌がうまく響かず、泣いた夜。

そして……“異端”と呼ばれた日。


あの日々のすべてを背負いながら、彼女は前を向く。



王都の空気は、以前よりも重く感じられた。

信仰の町でありながら、道行く人々の顔には曇りがあった。

市場の活気も薄れ、教会前の広場では説教が行われる声が、どこか張り詰めていた。


「異端の歌に惑わされるな」

「神の言葉を信じよ、変化を恐れず、拒絶せよ」


一方通行の声――それが、信仰の名を借りて“変わらぬこと”を美徳とする叫びに思えた。


(違う……私が望んだのは、拒絶じゃない。対話と理解。

誰かを否定するための歌なんかじゃないのに……)


そのとき、広場の端にいた少女が、セリアの姿を見つけて息を呑んだ。


「あ……あの人……」


その声が小さくとも、確かに“広がる気配”があった。

気づいた者が、次第に集まり出す。

しかしそれは熱狂ではない。

不信と興味、そして“期待”が混ざった沈黙。


レオンが静かに言った。

「もう噂は広がっている。お前が帰還したということも、歌が王都に届いたということも」

「でも……だからこそ、今必要なのは“言葉”なんだろう?」

アイリスが頷く。

「私たちが、今どんな立場にあるかも含めて」


セリアはうなずき、歩き出す。


「まずは、歌詠士団へ。

それから……神殿。

その順で、向き合いたい。

この“歌”が裁かれずに済むなら、きっと――世界だって変われる」



その頃、神詠騎士団の本部。

会議室の扉の奥、グラン・エスパーダは報告書に目を通していた。


「セリア=ライトフォード、王都に入城。副団長・隊長同行により、抵抗・拘束の意志なし」


「……来たか。やはり、“歌”で動く者は、止まることができないらしい」


グランは書類を閉じ、立ち上がった。

その瞳には揺らぎはなかったが――

ほんの一瞬、ため息のような気配が、その胸をよぎった。

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