48.歌が裁く揺らぎの声
王都ヴェルナス、神詠騎士団本部。
朝の鐘が鳴るよりも早く、異常な事態が起きていた。
団内の回廊には、ざわめきと困惑が広がっていた。
夜明け前、空気を裂くように届いた“歌”――
それは異端の力のはずなのに、神殿の結界に作用し、逆に安定化を促す反応を見せたのだ。
「本当に異端なのか? あれは……むしろ祝福のようだった」
「いや、だからこそ“紛い物”なのだ。信仰を模した偽りの力。惑わされるな」
「でもあの歌を聞いて、涙を流した者もいた……俺も……正直、心が揺れた」
声が、広がっていた。
耳を塞ぐ者と、目を開く者――信仰に揺らぎが走っていた。
その頃、聖堂奥の会議室では、騎士団上層部が緊急会合を開いていた。
「討伐対象であるセリア=ライトフォードが再び“影響力のある歌”を王都に向けて放った」
「もはや放置できる段階ではない。
あの少女は、神詠騎士団の秩序を脅かす“声”そのものだ」
その言葉に、グラン・エスパーダ――団長が立ち上がる。
「彼女が何を信じ、何を訴えようと、教義に“攻撃の歌”は存在しない。
存在しないものが発現するならば、それは“神の意志に反した存在”である」
「では、実際に癒しの作用が伴っていたのはどう説明を?」
その質問に対し、グランは即座に言い放つ。
「それこそが“異端”の恐ろしさだ。“力がある”という事実だけで正当化されるなら、信仰は何の意味も持たない」
室内の空気が冷え込む。
それは“合理の否定”ではなく、“秩序の保守”という名の断罪だった。
一方その頃、街の片隅では、神詠騎士団の訓練生――リク・ハーシェルが、若い団員たちと語らっていた。
「俺、あの歌を聞いて……安心したんだよ。
セリアは逃げたんじゃない。帰ってこようとしてる。
それなのに、討伐なんて――」
「リク、お前……まさかあの異端者をかばう気か?」
「かばうもなにも、俺はセリアを知ってる。
あいつは、誰よりまっすぐで、誰より仲間のために歌う奴なんだ!」
若い団員たちは口をつぐむ。
彼らの中にも、あの歌に心を動かされた者がいた。
(“揺れている”……)
リクは気づいていた。
言葉に出せない者たちの中に、“声”が芽吹いていることに。
その“揺らぎ”は、ついに神殿にも波及し始めていた。
祭壇に祈る信者の中に、“あの歌”を口ずさむ者が現れたのだ。
「やめなさい! それは、異端者の歌よ!」
「でも……優しかったの。あの旋律……この心を、救ってくれたのよ」
神官たちは声を荒げ、即座に排除を命じた。
だがその様子を見て、ある神官はそっと拳を握りしめていた。
(もし、あれが本当に“神の意志”だったとしたら……
私たちは今、“何”を守っているんだろう)
そして、森の中の仮拠点。
セリアは焚き火のそばで、レオンとアイリスの話を聞いていた。
「王都は、揺れている。君の歌は、確かに届いてる」
「でも同時に、恐れてる。秩序を失うことを。
それを支えてきた信仰が、正しくないかもしれないと認めるには、あまりにも多くを背負い過ぎた」
セリアは小さく頷き、目を伏せた。
「……私は、声をあげた。だけど、その“声”が誰かを壊すなら……本当に正しかったのか、分からなくなる」
アイリスが言った。
「あなたの歌は、“破壊”じゃない。揺らぎは“変化”を生む。
そして、変化は選ばなきゃいけない――守るために」
レオンが言葉を重ねた。
「王都に戻るべきだ、セリア。君が逃げたままだと、この“揺らぎ”はただの混乱にしかならない。
でも、君が“立つ”なら、それは“声”になる」
セリアは静かに立ち上がる。
「分かった。
逃げない。
歌ってきた以上は、最後まで……この声で、問いかける」




