3. 歌が裁く孤独の影
夜が更け、セリアの部屋は月明かりに包まれていた。
ベッドの上で、セリアはため息をつきながら天井を見つめている。
訓練中に発動した過剰な光――あの瞬間のことが頭から離れなかった。
「どうして……」
静かに呟きながら、セリアは自分の手をじっと見つめた。
あの光は、他の誰とも違っていた。
普通の歌詠士が発動する加護の歌は、もっと穏やかで優しい光だ。
自分だけがどうして、あんな激しい光を放つのか。
(もし私が異端者だとしたら……)
その不安が胸を締め付け、心が重く沈む。
「信仰が足りないのかな……」
だが、いくら祈っても、歌の力を制御できる気がしない。
歌うたびに湧き上がる共鳴――それが何なのか、全くわからないままだった。
翌朝、訓練場に向かうと、すでに他の新人たちが集まっていた。
しかし、セリアが姿を見せた途端、誰かが小声で囁くのが聞こえた。
「昨日のあの子だよ、加護の歌であんな光を……」
「何か変だよね。普通、あんな風にはならないはずだし……」
「もしかして、異端者じゃないか?」
セリアはその言葉を聞くたびに、心臓がぎゅっと締め付けられるようだった。
怯えたように下を向き、そっと訓練場の隅に移動する。
誰とも目を合わせないようにしながら、息を潜めた。
「セリア、おはよう!」
声をかけてきたのは、昨日合格したリクだった。
同じく制服を着ているが、彼もやや着こなしに苦労している様子だ。
「リク、おはよう。今日は訓練、緊張するね」
「うん。でも、せっかく合格できたんだ。頑張らないとな!」
互いに励まし合いながら、食堂へ向かう。
食堂は新人たちの話し声で溢れていた。
セリアとリクが席につき、食事を取っていると、周囲から再び囁き声が聞こえた。
「昨日、あの子の歌、光が強すぎたよね……」
「普通の加護の歌って、あんな感じじゃないよな」
「下手すると魔物呼び寄せるんじゃないか?」
セリアは俯き、食欲が失せていく。
リクが気を使って話しかけるが、耳に入らない。
(私は……異常なのかな……)
不安と恐怖が心の中で膨れ上がり、居場所がどんどん狭まっていく気がした。
午前中の訓練が始まり、今日は「癒しの歌」を練習することになった。
訓練士がモデルを務め、軽傷を負った状態を再現している。
「次、セリア・ライトフォード」
呼ばれたセリアは、一歩前に出た。
緊張で喉が乾くが、覚悟を決めて歌唱杖を握る。
「――癒しの風よ、傷を包み、痛みを和らげよ……」
優しく歌い始めると、薄い緑色の光が訓練士を包み込んだ。
次第に傷が癒え、訓練士が軽く腕を動かして確認する。
「回復力が非常に高いな。癒しの歌としては十分だ」
その評価に、セリアは少しほっとする。
だが、周囲からは再び囁き声が聞こえた。
「やっぱり、力が強すぎるんじゃない?」
「普通の癒しの歌は、もっと穏やかだろ?」
「これって……闇の力の影響とかじゃないのか?」
セリアは唇を噛みしめ、必死に平静を装った。
自分の力を否定されるたびに、心が痛む。
(どうして……普通にできないんだろう)
祈りが足りないのか、それとも自分が異常なのか――。
不安が心を支配し、どうしようもない焦燥感が広がっていく。
訓練が終わり、部屋に戻ろうとしたセリアの前に、一人の青年が立ちはだかった。
「おい、セリアって言ったか?」
見るからに屈強な体つきで、粗野な印象の男だった。
「お前、なんであんな力が使えるんだ? 加護の歌や癒しの歌じゃねえだろ」
その問いに答えられず、セリアはただ黙って下を向く。
「なんか怪しいよな。魔物の力でも使ってんじゃねえの?」
「そんなこと……ないです……」
小さく震える声で否定するが、男は納得しない。
「信仰を汚すやつが騎士団にいるなんて許せねえんだよ」
威圧的な声に、セリアは怯え、後ずさりする。
「やめろよ!」
リクが割って入り、男の腕を押しのけた。
「セリアがそんなことするわけないだろ!」
「チッ、なんだよお前。異端を庇う気か?」
「異端じゃない! セリアは俺たちと同じ、歌詠士だ!」
リクの必死な声に、男は不満げに舌打ちしながら去っていった。
「大丈夫か、セリア?」
「うん……ありがとう、リク」
セリアは震えた声で答え、目に滲んだ涙をこっそり拭った。
部屋に戻ると、重くなった体をベッドに倒し込む。
「私は……普通じゃないのかな……」
声を出しても、誰もその答えをくれない。
孤独感が胸を締め付け、セリアは眠れない夜を過ごすことになった。