47.歌が裁く再会の刻
朝霧が立ち込める森の中。
小鳥のさえずりも遠く、風は穏やかだった。
そんな静寂の中に、ひとつだけ確かに響いていたものがあった――
それは、夜明け前に放たれた“帰還の歌”の余韻。
丘の上に設置された共鳴石盤は、すでに沈黙を取り戻していた。
だがセリアは、焚き火の前でじっと座り続けていた。
身体は疲弊していた。
あの歌を放つには、意志も、声も、制御も限界近くまで削られた。
けれど彼女の目は、不思議なほど澄んでいた。
(……私は、確かに歌えた。
怖くなかったとは言えないけど……でも、ちゃんと“私の歌”として届いた気がする)
そのとき――木々の間を割くように、足音が響いた。
セリアは反射的に立ち上がり、歌唱杖に手を伸ばす。
けれど次の瞬間、その姿を目にした瞬間、言葉を失った。
「……セリア」
その声は、何度も夢で聞いたものだった。
「レオン……?」
そして――
「あなた、随分遠くまで行ったのね」
落ち着いた声と、真っ直ぐな視線。
「アイリス……!」
焚き火の前に立ち並ぶ二人は、もうかつてのような厳しさも、敵意も持っていなかった。
セリアは言葉を探しながら、一歩前に出る。
「私……ずっと、何を言えばいいのか分からなかった。
でも……帰ってきたかった。
自分の歌が、間違いじゃなかったって、伝えたくて……」
レオンは静かに頷き、一歩踏み出す。
「届いたよ。あの歌。あれは……“異端”なんかじゃなかった。むしろ、俺たちが信じてきたものよりずっと……誠実だった」
アイリスもまた、焚き火のそばに腰を下ろす。
「信仰って、どこかに完成された“正しさ”があるものだと思ってたの。
でも、あなたの歌を聞いた時……それが“誰かが決めた形”に過ぎないと、ようやく分かった」
セリアはゆっくりと膝をつき、杖を横に置く。
目に涙はない。ただ、深く深く息を吐いた。
「ありがとう……二人とも。私、信じてた。
きっと、わかってくれるって」
レオンは微かに笑って、彼女の手に触れる。
「でもな……これからが難しい」
「……うん。戻るってことは、もう“敵と味方”じゃ済まされない」
「俺たちは、君の味方でありながら、“神詠騎士団”にも属してる。だからこそ……守るべきものの意味が問われる」
アイリスが言葉を継ぐ。
「セリア。あなたは、これからどうするつもりなの?」
セリアは静かに炎を見つめ、はっきりと答えた。
「私は、もう一度“正しさ”を問いたい。
神の言葉がすべてじゃない。
信仰も、力も、人を救うためのものであるなら、
それが“異端”だなんて言われる世界の方が、きっとおかしい」
その言葉に、レオンも、アイリスも、表情を崩さずに頷いた。
それは彼女が、自分自身の意志で選んだ“帰還”だったから。
夜が明け、空が澄んでいく中で、三人は共に火を囲んだ。
語られる過去、交わされる現在、見つめる未来。
それらすべてが“裁かれる”対象ではなく、“繋がる”理由になっていく――そんな気配があった。
その背後で、森の奥に一人の影が佇んでいた。
“響律の徒”の一員、リナ・クレア。
彼女は目を細めながら呟く。
「なるほど……あなたたちが、信仰の殻を破る鍵になるのね」
その視線の先には、“異端者”ではなく、
“本当の信仰”を問い直そうとする少女と、彼女を信じる仲間の姿があった。




