43.歌が裁く調和の響き
遺跡の奥深くに響く静寂の中、セリアとカイルは先ほどの戦闘で疲れ切った体を休めていた。
倒れた魔物の残骸は、今もなお黒煙を立ち上らせている。
セリアは焚き火を囲みながら、先ほどの歌について考えていた。
(風と炎を同時に重ねたことで、共鳴が制御できた……。攻撃と防御の力が相反しても、歌い方次第で共存できるのかな)
カイルが口を開く。
「お前、なかなかやるじゃないか。あの場面で二つの力を重ねるなんて、普通じゃ思いつかない」
「私も、あの歌がうまくいくか分からなかった。でも、共鳴って、ただ強めればいいわけじゃないんだね」
「そうだ。音波同士が反発しあえば、逆に力を相殺する。それを防ぐためには、波長を一致させる必要がある」
「波長を……一致させる?」
カイルは歌唱槍を手に、簡単に説明した。
「お前が使った『風』と『炎』は、性質が違うが、リズムを調整することで共振を制御できたんだ。だから、一方的な破壊ではなく、安定した力が生まれた」
セリアは思わず目を見開いた。
「そうか……だから、あの時は制御できたんだ」
「お前が自然とその法則を理解し始めている証拠だな。もっと自分の力を信じていい」
セリアは少しだけ微笑んだ。
「ありがとう、カイル。少しずつだけど、分かってきた気がする」
二人は遺跡の奥へと進むことにした。
廊下には古代文字がところどころに残されているが、かなり風化が進んでいる。
「ここは……研究施設のようだな」
カイルが壁の図を指差す。そこには、音波の波形が描かれていた。
「これ……まるで音響工学の基礎図みたい」
「音響工学?」
「ううん、何でもない。ただ、この図を見ると、歌が音波を操作しているのがよく分かる」
「音波を使って力を発生させる……つまり、歌が魔法の源だというわけか」
その時、壁の奥から音がした。
「誰かいる?」
カイルが警戒を強め、歌唱槍を構える。
「待て、気配が違う……人間だ」
暗がりから、若い女性が姿を現した。
「待ってください! 私は敵ではありません!」
カイルが槍を向けたまま問いかける。
「何者だ?」
「私はリナ・クレア。響律の徒の一員です」
セリアが驚いた顔で尋ねた。
「響律の徒……?」
「異端者と呼ばれている私たちのグループです。歌の力を科学的に解き明かし、真実を探求する者たちです」
カイルは槍を下ろし、少し笑った。
「なるほど、俺と同じ考えの連中か」
リナは困惑しながらも、説明を続けた。
「私たちは、歌が持つ力の真実を解き明かそうとここに来ました。でも、魔物に襲われて仲間が散り散りになり、私はここに隠れていたんです」
カイルが納得したように頷いた。
「響律の徒か……確か、攻撃の歌の研究を進めている異端者集団だと聞いている」
「はい。私たちは攻撃の歌が禁忌とされた理由を知り、それが本当に危険なのかを調査しています」
セリアは息を飲んだ。
「理由って……?」
リナが壁の図を指しながら説明を始めた。
「この遺跡の記録によれば、歌は元々『調和の力』として作られたものだそうです。しかし、その調和を崩す『破壊の共鳴』が発見され、それが攻撃魔法として扱われるようになりました」
「調和の力……破壊の共鳴……」
カイルが補足した。
「つまり、歌は本来『守り』と『攻撃』が一体化していた。しかし、破壊力が突出したことで、攻撃魔法として禁忌とされたのか」
セリアは胸がざわつくのを感じた。
(歌が持つ力は、本来守るためのもの……だけど、共鳴を間違えると破壊になる)
「だから、信仰では攻撃の歌を異端として封じたんですね」
リナがうなずく。
「そうです。力が暴走し、大きな災厄を生んだため、攻撃の歌を完全に禁じたのです」
セリアは膝を抱え込み、頭を抱えた。
(私の歌が、そんな危険な力だなんて……でも、守りたい気持ちは嘘じゃない)
カイルがそっと肩を叩いた。
「恐れるな、セリア。今のお前は、その力を理解しようとしている。それなら、ただの暴走者とは違う」
「でも、私が間違えたら、また誰かを傷つけてしまう……」
リナが優しく言った。
「調和の歌を正しく使うためには、心の軸をしっかり持つことが大事だと記されています。恐れや怒りが強すぎると、破壊の共鳴に変わってしまうのです」
「心の軸……」
「自分を見失わず、守りたいという意志を忘れなければ、調和の歌を正しく使えるはずです」
セリアは涙を拭い、深く息を吸い込んだ。
「分かった……私は自分の気持ちを大事にして、歌を使っていく」
カイルは満足そうに頷いた。
「よし、その調子だ。まずはこの遺跡をさらに探索して、もっと手がかりを探そう」




