38.歌が裁く選択の道
朝日が差し込む中、セリアはベッドの上でぼんやりと窓の外を見つめていた。
カイルの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「お前の力が異端かどうかなんて、奴らが決めることじゃない。真実はお前自身が見つけるべきだ」
(自分の歌が異端かどうか、確かめたい。でも、カイルの言うことを信じていいの?)
セリアは歌唱杖を手に取り、ゆっくりと口ずさんだ。
「――風よ、私に答えを示して……」
しかし、その歌声にはいつもの力がなかった。
リクが部屋を訪ねてきた。
「おい、セリア。食堂行こうぜ。朝飯取ってきたからさ」
「ありがとう、リク……」
セリアは無理に笑顔を作り、リクが持ってきたパンをかじる。
「なあ、セリア。団内でお前のこと、異端者だってまだ騒いでる連中がいるんだ」
「そう……だよね。仕方ないよ」
「だけどさ、俺はやっぱ納得いかねえんだ。お前は異端者じゃない。それだけは信じてる」
「ありがとう。でも、私が攻撃の歌を使ったのは本当だから……」
リクは少し不満そうにパンを頬張りながら言った。
「そもそもさ、攻撃の歌って本当に異端なのか? 俺には、ただの力の一種にしか思えねえけど」
「それは……アリア信仰では、攻撃の歌は女神の力とは異なるってされてるから……」
「そんなのただの決まりごとだろ? 実際にお前が使えたんだから、何か理由があるはずだ」
セリアはその言葉に少しだけ驚いた。
(そうだ……本当に異端なのかどうか、確かめてないままだった)
その時、廊下の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「異端者を放置していいのか!?」
「セリアが解放者なら、処罰すべきだ!」
「騎士団の名が汚される!」
リクが窓から外を覗くと、数人の隊員が集まり、団長室の前で声を荒げているのが見えた。
「くそっ、またかよ……」
セリアはぎゅっと杖を握りしめた。
(私のせいで、騎士団が乱れている……)
その夜、セリアは自室のベッドに横たわりながら、考え続けていた。
(私がここにいる限り、仲間たちが苦しむ……でも、カイルと行動を共にすれば、力の真実を知ることができるかもしれない)
(けど、異端者と一緒にいるなんて、騎士団を裏切ることになる……)
窓の外から風が吹き込み、静かな夜の音が響く。
(守りたい気持ちは変わらない。でも、そのために攻撃の歌を使っていいの?)
涙が頬を伝い、セリアは震えた声で歌を口ずさんだ。
「――風よ、私を導いて……」
その歌は、どこか儚げで、力を失ったように響いていた。
翌朝、再びリクがやってきた。
「おい、セリア。昨日の夜、団内が騒然としてたぞ。異端者がいる限り訓練に集中できないって声が上がってる」
「そう……ごめんね、私のせいで……」
リクがため息をついた。
「なあ、セリア。ここを出るか?」
「えっ……?」
「お前がいない方が、団が落ち着くっていうなら、一旦外に出て力のことを確かめてきた方がいいんじゃないか?」
「それは……」
リクの真剣な眼差しに、セリアは言葉を失った。
「俺も一緒に行くよ。外で力の真実を探ればいいだろ? それで異端じゃないって証明できれば、堂々と戻ってこれるじゃねえか」
「リク、でも……そんなことをしたら、あなたまで異端者扱いされてしまうかも」
「そんなの気にしねえって。俺はお前を信じてるからさ」
その時、窓の外からカイルが現れた。
「どうやら覚悟ができたようだな」
セリアが驚き、リクが警戒の目を向けた。
「お前……カイル! 何しに来た!」
「まあまあ、怒るな。俺も協力しようと思ってな。セリア、外に出て力の真実を探るつもりなんだろ?」
「どうしてそれを……」
「お前の気持ちは見てりゃ分かるさ。仲間を守りたい気持ちが強すぎて、自分が異端かもしれないって苦しんでるんだろ?」
リクが剣を抜きかけた。
「信用できねえな。お前、セリアを利用するつもりだろ?」
カイルは肩をすくめた。
「俺はただ、力の真実を知りたいだけだ。それに、セリアが異端者でないと証明できれば、俺たちも堂々と戻れる」
セリアは迷いながらも、カイルの言葉を噛み締めた。
(私が異端かどうか、確かめるには……)
「リク、私は行くよ。自分の歌が異端かどうか、確かめたい」
「セリア……」
「でも、リクはここに残って。これ以上、巻き込みたくない」
リクは歯を食いしばり、悔しそうに頷いた。
「分かった。でも、必ず戻ってこいよ。俺はお前を信じてるから」
「ありがとう……」
セリアは決意を固め、カイルと共に本部を後にした。
夜明け前の冷たい風が、二人の背を押すように吹き抜けていた。




