2.歌が裁く異端の力
夜が明けた神詠騎士団の寮は、訓練生たちの活気に包まれていた。
セリアは早朝の鐘に目を覚まし、まだ眠たげな目をこすりながら窓を開ける。
涼しい朝風が部屋に吹き込み、昨日の入団試験の緊張が少し和らいだ。
「……よし、頑張らないと」
小さく気合を入れてから、制服に着替えた。
深緑色の騎士団衣装は少し大きめで、袖が余っているが、セリアはその重さを心地よく感じた。
「これが……神詠騎士団の制服なんだ……」
鏡に映る自分を見つめ、思わず笑みがこぼれる。
廊下に出ると、他の新人たちも慌ただしく準備をしていた。
「おはよう、セリア!」
声をかけてきたのは、昨日合格したリクだった。
同じく制服を着ているが、彼もやや着こなしに苦労している様子だ。
「リク、おはよう。今日は訓練、緊張するね」
「うん。でも、せっかく合格できたんだ。頑張らないとな!」
互いに励まし合いながら、食堂へ向かう。
食堂は新人たちの話し声で溢れていた。
簡素な木製のテーブルが並び、料理が所狭しと並んでいる。
セリアとリクは、パンとスープを手にして空いた席を見つけた。
「昨日の試験、ほんとに緊張したよな」
リクが笑いながらパンをちぎって口に運ぶ。
「うん。でも、レオン副団長が直接声をかけてくれるなんて思わなかった」
セリアがスープを啜りながら答えると、リクは驚いたように目を見開いた。
「えっ!? レオン副団長に!? すごいじゃん!」
「そんな、すごいってほどじゃないけど……」
「いや、すごいよ! あの人、普段は訓練生にはあまり関わらないって有名だし」
セリアは少し戸惑いながらも、レオンの鋭くも優しい眼差しを思い出した。
(あの時の歌……大丈夫だったのかな)
心の片隅に引っかかる違和感が残っている。
その時、食堂の入り口がざわついた。
振り向くと、レオンが入ってきて、新人たちを一瞥する。
「おはよう。今日から正式な訓練が始まる。食事を済ませたら訓練場に集合だ」
短く指示を出すと、そのまま食堂を後にした。
一瞬で静まり返った空間に、再び活気が戻る。
「すごいオーラだよなぁ……」
リクが感嘆しながら呟く。
セリアも同感だった。
レオンはただ立っているだけで、場の空気を変える力を持っている。
「副団長って、やっぱり特別なんだね」
「うん。でも、セリアの歌も特別だよ。加護の光、すごく綺麗だった」
リクの言葉に少し照れながら、セリアはスープを飲み干した。
訓練場に集合すると、すでに訓練士たちが待ち構えていた。
今日の訓練内容が発表され、支援魔法の基礎訓練がメインと告げられる。
「加護の歌」「守護の歌」「癒しの歌」――それぞれの魔法を正確に発動させることが求められた。
セリアとリクは同じ班に割り当てられ、まず「加護の歌」を試すことになった。
リクが先に歌を披露する。
「……輝きの光よ、守護を与えよ……」
淡い光がリクの周囲に広がり、支援効果が発動する。
「おお、安定しているな」
訓練士が感心したように頷く。
次はセリアの番だ。
「……光を与えし、癒しの旋律よ、魂に安寧を……」
歌い出すと、再びあの独特な共鳴が胸の奥で響く。
光が一瞬で強まり、眩いばかりに辺りを包んだ。
「うわっ!」
訓練士たちが一歩引き、リクも目を細めている。
「セリア、その力……?」
訓練士が戸惑いの声を上げたが、光はすぐに収まり、場は沈黙に包まれた。
「なんだ、今の……?」
他の新人たちもざわつき、セリアは焦りで顔を赤らめる。
「す、すみません……」
「いや、問題はないが……少々、強すぎるな」
訓練士が微妙な表情を浮かべながら記録をつける。
「大丈夫か?」
リクが心配そうに声をかけるが、セリアは曖昧に笑うしかなかった。
(やっぱり、私……普通じゃないのかもしれない)
心の奥に広がる不安を振り払おうとするが、それが叶わないことを悟っていた。
訓練が終わり、解散の号令がかかった。
リクが励ましてくれるが、セリアは「ありがとう」とだけ返して、そそくさと寮に戻った。
部屋に入ると、重くなった体をベッドに投げ出し、天井を見つめる。
「どうして、私の歌はこんなに……」
自分でも制御しきれない力。
信仰心の問題なのか、それとも他に理由があるのか。
考えが堂々巡りし、眠気だけが静かに訪れた。