21.歌が裁く記憶の断片
南方の村近郊、森の中で繰り広げられる激戦。
神詠騎士団は魔物たちの猛攻をしのぎながら、セリアたち歌詠士は後方支援を続けている。
「――力の風よ、仲間を包み、速さを与えよ!」
セリアの歌が剣士たちの動きを加速させ、次々と魔物を討ち取っていく。
「セリア、支援が届いてる! この調子でいこう!」
リクが振り返り、声をかける。
「はい、リク! 気をつけて!」
しかし、その時、不意に森の奥から異様な気配が広がった。
突然、巨大な黒い影が森の中から飛び出してきた。
「なんだ、あの魔物は!?」
体長2メートル以上の黒狼獣が現れ、剣士たちに向かって突進してくる。
「くっ、強烈な風圧だ!」
黒狼獣の咆哮が巻き起こす風に、前線が揺らぎ始める。
「――守護の風よ、光をまとい、仲間を守れ!」
セリアがバリアを張るが、その瞬間、黒狼獣が猛突進してきた。
「危ない、セリア!」
レオンが叫ぶが、間に合わない。
次の瞬間、黒狼獣の突進がセリアに直撃し、彼女の体が宙を舞った。
「セリア――!」
衝撃が体を包み込み、意識が遠のいていく。
(痛い……体が……重い……)
地面に叩きつけられた瞬間、セリアの視界が暗転した。
闇の中、意識が薄れる中で、どこか懐かしい感覚がよみがえる。
(ここは……どこ? 私は……誰?)
頭の中に浮かんだのは、無機質な研究室と白衣を着た自分。
(私は……音羽静。音響工学の研究者……)
古い機材の中で、音波の振動や共鳴を分析している姿が浮かび上がる。
「音波の振幅を共鳴させれば、力を中和できる……」
その言葉が脳裏に刻まれる。
(そうだ……共鳴を使えば……)
セリアの頭の中に、音波と振動の概念が流れ込んでくる。
(音波を調整すれば、攻撃を中和できるかもしれない……)
「セリア、しっかりしろ!」
レオンの声が聞こえ、意識が戻った。
「……副団長……」
「よかった、目を覚ましたか。無理はするな、まだ危険だ」
「大丈夫です……私はまだ、歌えます」
セリアは立ち上がり、歌唱杖を握りしめた。
(今の夢……あれは私の記憶……? でも、あの知識なら……)
黒狼獣が再び咆哮を上げ、突風を巻き起こす。
「――守護の風よ、黒き響きを取り込み、和らげよ!」
セリアが歌うと、低く抑えた音波が共鳴し、黒狼獣の咆哮を中和していく。
「成功した……!」
アイリスが驚いた顔で振り返る。
「今の歌……バリアが安定している?」
「振動を合わせて中和させました。音波を利用して、攻撃を打ち消したんです」
「なるほど……音を利用した制御か。よく思いついたわね」
レオンとリクが黒狼獣に攻撃を仕掛けるが、その動きは俊敏でなかなか当たらない。
「速い……どうすれば動きを封じられる?」
セリアは再び記憶を呼び起こす。
(音波の干渉……風を逆流させれば、動きを鈍らせることができるかもしれない)
「――狂風の旋律よ、乱れ舞い、影を縛れ!」
セリアの歌が風を巻き起こし、黒狼獣の足元に突風が起きる。
「動きが鈍くなってる……!」
リクがすかさず剣を突き出し、黒狼獣の足を負傷させた。
「ナイスだ、リク!」
「セリアのおかげだ! そのまま押し切ろう!」
最後の一撃を放つべく、レオンが聖剣クラウディアを掲げた。
「行くぞ、クラウディア――光の剣閃!」
剣先に集まった光が一閃し、黒狼獣を貫いた。
その巨体が崩れ落ち、静寂が訪れる。
「やった……!」
剣士たちが歓声を上げる中、セリアは息をつき、歌唱杖を下ろした。
その夜、宿舎でセリアは一人、窓の外を見つめていた。
(私は……音羽静……音響工学を研究していた……)
断片的に蘇った記憶が、セリアの中で不安と希望を交錯させる。
(この力は異端なんかじゃない……私が知っている音の理論が、ここでも通じた)
窓の外の星を見上げ、セリアは静かに誓った。
(私は、この力でみんなを守る。もう、逃げない)




