Prologue.歌が裁く運命の目覚め
暗闇の中で、意識だけが漂っている感覚があった。
自分がどこにいるのかもわからず、ただ、記憶の断片が浮かび上がっては消えていく。
「私は……確か……」
その瞬間、頭を激しい痛みが貫いた。
目を閉じていた瞼をそっと開けると、そこには見慣れない天井があった。
「ここは……どこ?」
体を起こすと、ベッドの上にいることに気づいた。
自分の手を見ると、小さくて細い。まるで、子供の手のようだ。
「え……?」
自分の声も違う。高く澄んだ少女の声が耳に響く。
だが、その声と共に、胸の奥底から湧き上がる感覚があった。
(私……生まれ変わった?)
やがて、記憶の断片が繋がり始める。
前世――そう、かつて自分は音響工学の研究者だった。
音波を使ったエネルギー制御の研究をしていたが、ある事故で命を落とした。
「確か……音響共鳴装置が暴走して……」
だが、今の自分にはその知識が鮮明に残っている。
どうしてここにいるのか、どうして生きているのか、それはわからない。
ただ、目の前には異世界のような風景が広がっていた。
⸻
年月が経ち、セリアという名前で育った少女は、自分が「異世界」にいることを受け入れていた。
歌を信仰とするこの世界では、歌声が奇跡を起こすと信じられている。
特に「光と歌の女神アリア」を信仰する一神教が広まり、歌唱による魔法が存在していた。
その魔法を使う者たちが「歌詠士」と呼ばれ、人々の崇敬を集めている。
セリアは歌が得意だった。
幼い頃から不思議と音に敏感で、旋律を自然と歌い上げる才能があった。
だが、彼女はその力を恐れていた。
歌を歌うたびに、体の奥から何かが共鳴し、普通の支援魔法とは異なる力を感じるのだ。
「私の歌は……少し違うのかもしれない」
そう感じつつも、村の人々には優しく接し、普通の少女として生活していた。
だが、村を襲った魔物との戦いをきっかけに、彼女の運命が大きく動き出した。
ある日、村が突然魔物に襲われた。
セリアは村人たちと共に逃げ惑うが、魔物の火焔が家を焼き尽くしていく。
「誰か……誰か助けて!」
必死に叫ぶ声が響く中、セリアは恐怖で立ちすくんだ。
その時、彼女の中で何かが弾けた。
「歌えば……助かるかもしれない……」
無意識に歌い出すと、周囲に淡い光が広がり、村人たちの傷が癒えていく。
「すごい……セリアの歌が……」
村人たちは驚きと喜びを浮かべたが、魔物はさらに凶暴化し、セリアに向かって突進してきた。
「だめ……恐い……」
だが、その時、騎士団が現れ、魔物を討伐した。
その中心にいたのが、神詠騎士団の副団長、レオン・アークライトだった。
「大丈夫か?」
レオンの優しい声に、セリアはほっとした。
「助けてくれて、ありがとう……」
レオンはセリアの歌に興味を抱き、「歌詠士としての素質がある」と言って彼女を騎士団に誘った。
「君の力は、多くの人を救えるかもしれない」
その言葉が、セリアの心に希望を灯した。
自分の力を怖がるのではなく、使いこなすために――。
そうして、神詠騎士団の入団試験を受けることを決意したのだった。
セリアは入団試験の前夜、村で世話になった老夫婦に別れを告げた。
「自分の力が正しいかどうか、確かめたいんです」
老夫婦は不安そうな顔をしながらも、「自分を信じなさい」と励ました。
「ありがとう……」
セリアは涙をぬぐい、明日への決意を胸に眠りについた。
そして、翌朝――。
王都ヴェルナスに着いたセリアは、神詠騎士団の入団試験に挑むため、訓練場に向かった。
銀色の髪が朝日に輝き、青い瞳が未来への期待に満ちていた。
「私は、できる……!」
そう自分に言い聞かせながら、セリアは歩みを進めた。