14. 歌が裁く師弟の絆
早朝、神詠騎士団の訓練場にはまだ誰もいない。
冷たい空気が漂う中、セリアはひとり、歌唱杖を握りしめていた。
(力を抑えるってどうすればいいんだろう……)
カイルの助言を思い返しながら、小さく歌を口ずさむ。
「――癒しの光よ、優しく包み、命を守れ……」
光が淡く広がり、一瞬だけ強まったが、すぐに安定を取り戻した。
(少しずつだけど、安定してきた気がする)
「早いな、セリア」
振り返ると、レオンが訓練服姿で立っていた。
「副団長……」
「これから制御訓練を始めると言ったが、先に自主練していたのか?」
「はい。少しでも安定させたくて……」
レオンは少し笑みを浮かべ、セリアの隣に立った。
「その意気だ。今日は俺が付き合うから、焦らずにやっていこう」
レオンはセリアに正面を向かせ、優しく語りかけた。
「まず、歌の基本に立ち返ろう。君の歌が暴走するのは、力が集中しすぎているからだ」
「集中しすぎる……?」
「そうだ。歌唱杖を通じて力を一点に放出しようとすると、その圧力が暴走につながる」
レオンは実際に自身の聖剣クラウディアを構え、示して見せた。
「力を剣に集中させすぎると、反動で制御が難しくなる。それと同じだ。力を分散させ、自然に流れるように意識しろ」
セリアは深呼吸をし、歌をもう一度試みた。
「――癒しの光よ、穏やかに、命を包め……」
力を杖の先だけに集めるのではなく、体全体から自然に放出するイメージを持つ。
光が柔らかく広がり、暴走せずに穏やかに輝いた。
「できた……!」
セリアの顔が明るくなる。
「よし、その感覚を覚えておけ。力を一箇所に集中させるのではなく、流すようにだ」
「はい!」
訓練を続ける中、レオンは時折アドバイスを送りながら、セリアの歌を確認していた。
「だいぶ安定してきたな。焦らずに、その感覚を身体に馴染ませるんだ」
「はい。力を流すって、意識すれば意外と難しくないかもしれません」
レオンがうなずき、少し真剣な表情を見せた。
「ただ、実戦になるとどうしても緊張で集中が偏る。だからこそ、訓練で反復して体に覚えさせるんだ」
昼休憩になり、二人は訓練場の片隅で腰を下ろした。
セリアが水筒から水を飲んでいると、レオンがふと口を開いた。
「セリア、君はなぜ歌詠士になろうと思ったんだ?」
セリアは少し考え、ゆっくりと答えた。
「私……小さい頃に村を魔物に襲われて、歌詠士に助けてもらったんです。その時に、歌の力でみんなを救えると知って、私もそうなりたいと思いました」
レオンは少し驚いた顔を見せた。
「そうか……歌で人を救うか」
「でも、私の歌はいつも暴走してしまって……みんなを傷つけるかもしれないと思うと怖くて……」
セリアが不安そうに言うと、レオンは優しく微笑んだ。
「恐れを感じるのは当然だ。それでも、君が守りたいという思いを忘れなければ、必ず制御できる。俺も君を支える」
その力強い言葉に、セリアの胸が少し温かくなった。
午後の訓練が再開し、レオンは模擬戦を提案した。
「実戦形式で歌の制御を試してみよう。俺が攻撃を仕掛けるから、防御歌で対応しろ」
「わかりました!」
レオンが軽く剣を振りかざし、クラウディアに光をまとわせた。
「行くぞ、セリア!」
レオンはクラウディアを大きく振り、剣先から光の刃が弧を描いて放たれた。
セリアは焦らずに杖を構えた。
「――守護の風よ、静かに包み、力を緩めよ!」
光が当たる瞬間、バリアが衝撃を吸収し、力を和らげた。
「うまくいった……!」
「完璧だ。制御が身についてきた証拠だ」
訓練が終わり、日が暮れかけていた。
「今日はよく頑張ったな」
レオンが労うと、セリアは笑顔を見せた。
「副団長、ありがとうございました。私、自分の歌をもっと信じてみます」
「それでいい。俺も君を信じている。焦らずに、一歩ずつ進めばいいんだ」
その言葉に、セリアの心は少しずつ軽くなっていった。
その夜、寮に戻ったセリアは窓から夜空を見上げた。
(私はまだ未熟だけど、歌で誰かを救えるようになりたい)
信じる気持ちが、これからの道を照らしている気がした。




