9.歌が裁く信頼の綻び
朝日が昇り、神詠騎士団の朝礼が始まる。
セリアは少しうつむき加減で、列の中に立っていた。
昨夜、レオン副団長に励まされたことで少しは気持ちが軽くなったが、それでも訓練生たちの冷たい視線が刺さる。
(私の歌が……本当に原因なのかな……)
自分の力を信じたい気持ちと、迷惑をかけている現実との間で、心が揺れている。
リクが隣で「大丈夫だ」と小声で囁いてくれたが、それでも不安は拭えなかった。
朝礼が終わると、アイリスが訓練生たちを集めて話し始めた。
「昨日の訓練中の事故について、検証を続けているが、原因はまだ特定できていない」
その言葉に訓練生たちがざわめき始める。
「ただ、歌の共鳴が何らかの要因で暴走し、加護の力が逆効果を及ぼした可能性がある。制御に問題がある者は、特に注意して訓練を行うように」
セリアの胸が重く沈む。まるで自分のことを言われているようだった。
「セリア……大丈夫か?」
リクが気を使って声をかけるが、セリアは無理に笑って「大丈夫」と返した。
訓練が始まり、今日のメニューは「連携訓練」だった。
複数の歌詠士が支援歌を重ね掛けし、剣士の動きを補助する練習だ。
リクと一緒に組んだセリアは、歌唱杖を握りしめた。
「――力の風よ、仲間を包み、速さを与えよ……」
リクの動きが軽快になり、剣さばきが一層鋭くなる。
「いいぞ、セリア! やっぱりお前の歌は効くな!」
リクの笑顔に、セリアも少しだけ気が楽になった。
だが、訓練中に別の班で異変が起きた。
「うわっ! なんだこれ、足が重い……!」
「支援歌が逆に妨害してる?」
騒ぎが起き、訓練が一時中断された。
アイリスが駆け寄り、状況を確認する。
「何があった?」
「加護の歌で素早さを上げるはずが、逆に動きが鈍くなりました……」
歌詠士の訓練生が戸惑いながら答える。
「まさか、またセリアの力が干渉したんじゃ……」
「昨日も暴走してたし、やっぱり危険なんじゃないか?」
ざわつく中で、セリアはその場に立ち尽くしていた。
(また、私のせいなの?)
その日の訓練が終わると、控室でセリアは一人、うつむいて座っていた。
リクが心配そうに寄ってきたが、セリアは何も言えない。
「セリア、本当にお前のせいだと思ってるのか?」
「……わからない。でも、もし私が原因でみんなを傷つけているなら……」
「そんなのただの憶測だ! お前の歌がみんなを救ってきたのに、それを忘れたのか?」
リクの言葉が胸に刺さるが、それでも不安は消えない。
その時、扉が開き、アイリスが静かに入ってきた。
「セリア、少し話がある」
「……はい」
「訓練中の異常について、団内でも議論が起きている。君の力が原因ではないかという意見が多数だ」
「やっぱり……私が……」
セリアの声が震えた。
「だが、まだ確証がない。私自身、君が悪意を持って歌を使っているとは思えない」
アイリスの言葉に少し救われるが、それでも冷静さを失えない。
「私が力を制御できれば……みんなに迷惑をかけないのに……」
「君が悪いわけではない。ただ、制御方法を見つけなければ、危険視されるのは避けられない」
アイリスの言葉に、セリアは深くうなずいた。
夜になり、寮の中庭でセリアはひとり静かに歌っていた。
「――安寧の風よ、心を癒し、静けさを与えよ……」
穏やかな歌声が夜空に溶け込む。
だが、その時、ふと背後に人の気配を感じた。
「こんな時間に何してるんだ?」
振り返ると、カイルが立っていた。
「カイルさん……どうしてここに?」
「訓練のあと、ちょっと考え事をしていたら、君の歌が聞こえてきてな」
カイルはいつも通り無表情だが、どこか気遣うような眼差しだった。
「君の歌、特別だな」
「……やっぱり、異常なんでしょうか?」
「いや、異常ではない。だが、普通ではないことも確かだ」
カイルは小さくため息をつき、セリアを見つめた。
「歌が暴走するのは、制御の問題かもしれないが、何かが共鳴しているように感じる」
「共鳴……?」
「詳しくはまだわからないが、君の歌には特別な“響き”がある。それが周囲の歌と干渉しているのかもしれない」
その言葉に、セリアはわずかな希望を感じた。
「もっと力を知りたいか?」
「……はい。私の歌がどうしてこんなに異常なのか、知りたいです」
カイルは静かに頷き、少し考え込む。
「ならば、実験をしてみよう。お前の歌がどう干渉しているのか、調べてみる価値はある」
「お願いします……私、真実を知りたいんです」
セリアの決意を受け、カイルはわずかに微笑んだ。




