94.知らぬはマリーばかりなり ***SIDEシリル
マリーには聞かせられない。サルセド王国に関する処罰を、義父上殿と話した。眉間に皺が寄り、少しばかり厳しい表情になる。
「もう民の反乱が起きたのですか」
「他国に出稼ぎに出た者から、今回の騒動が耳に入ったらしい。支援を求めるため、周辺国の親戚を頼った者達も援助を拒んだ。最低限の身内への支援しかできないと言われ、状況を知ったらしい」
義父上殿の話に、ふんと鼻を鳴らした。行儀は悪いが、義父上殿は気にした様子なく口角を持ち上げる。この父親がいて、よくマリーがここまで純粋に育ったな。そういえば義兄上殿も、意外と腹黒いタイプだった。こっそり僕に釘を刺したのは、今回の主役である義姉上殿だ。
一族の中でも、マリーだけが特別らしい。考え事をしながら着替え、少し待つが……なかなか現れない。気になって隣の部屋を覗いたら、腰を絞るコルセットを持ち込んで格闘中だった。
本人は太ったと嘆くが、元が細すぎる。あれでは折れてしまうと常々心配していたから、これ以上無理をさせないためにドレスを変更した。義姉上の意見も聞いて、細く見えるよう仕上げる。これなら問題ないと思って渡したのに、まさか腰を絞っていたとは。
通りで着替え時間が長いと思った。乱入して正解だな。マリーは「この服、すごく楽だわ」と喜んでいる。余計なことをしたと怒るタイプではないが、正直、反応が心配だった。くるりと鏡の前で回り、色がお揃いだと喜んでいる。
ほっとしながら腕を差し出し、もう行こうと促した。侍女ラーラは心得た様子で、首飾りを僕に渡す。
「動かないで、マリー」
大人しく止まったマリーは、なぜか目を閉じてしまう。付け入る隙がありすぎて、手が出しにくいな。身長が急に伸びて、今のように首飾りをつけることも出来るようになった。成長期というが、関節が痛いのは少しつらい。マリーと釣り合うためなら、この程度の痛みは我慢できるか。
「出来たよ」
首飾りを留めて、ついでに頬にキスをする。それから声を掛けたら……真っ赤になっていた。かなり意識してくれている。そう気づいたら、僕まで赤くなった。惚れた女性が僕を好きで意識してくれたんだ、照れるのは仕方ない。僕の性癖込みで受け入れるマリーは、命以上に大切な存在となった。
「……シリル様、好きです」
「先を越されちゃったな、僕も大好きだよ」
もう一度キスしたいけれど、宴に遅れるか。ノックの音がして、護衛のアーサー達に促される。早くしろ、か? 遅れるぞ、かもしれない。苦笑いして、マリーと廊下に出た。ガイスト王国の侍従が案内のために到着しており、彼の後ろを歩いて会場へ向かった。
王族同士の結婚となれば、一番立派な広間で豪華な料理が並ぶ。美味しそうと呟き目で追うマリーへ「挨拶が終わったらね」と釘を刺した。