84.だって聞かなかったから
忘れたことさえ忘れる。そんな状況だったのだと、今になって気づいた。私って頭が悪いのかしら?
「シリル様の意地悪! 教えてくれたらいいのに」
「マリー、君がそんなに気にしていると思わなかったんだよ。そうだろ? 一度聞いたきり、もう話題に出さなかったから」
そう言われると、確かにそう。私が忘れたからいけないの。サルセド王国の顛末を聞き忘れたと思い出せたのは、事件から十日も経ってからだった。
「結局、どうなったの?」
「サルセド王国から王女を返せと言われたので、返したよ? あと、使節団に関しては帰国要請がなかったから、罪人として裁判を受けてもらう予定だ」
「……裁判」
シリル様は王女を物扱いで返却したと表現する。何はともあれ、母国に戻ったのならよかったわ。使節団は貴族もいたのに、返せと言わなかったのね。裁判を受けるのなら、公正な判断をもらえるはず。ほっとした。
「そう、なら事件は終わりね」
「それより、マリーのドレスが出来上がったと聞いた。マリーの姉上の結婚式、もうすぐだろ。どんな人なんだ?」
そっか、シリル様はお兄様としか顔合わせしていないのね。私達の結婚式でも、お父様とお母様しか来られなかった。王族がまとまって国を空けるのは、してはいけないことだもの。仕方ないわ。
「お姉様は優しくて、刺繍が上手なの。趣味でお茶や香草を調べて本を出したこともあるわ。それで槍の扱いもすごいのよ! 騎士と戦ったりできるんだから」
「……文武両道、かな?」
微妙な表現だけれど、なぜ「?」がついたのかしら。お勉強もできて手先が器用で、強くて綺麗な自慢のお姉様よ。いっぱい説明して、午後のお茶の時間が終わった。シリル様はこの後、会議があるんですって。忙しいのね。このところ、会議や打ち合わせがいっぱい。
「他国との協議だから休めないんだ。もう少ししたら時間ができるから、馬で湖にでも行こうか」
「湖ですか?」
「ああ、城の敷地の一角にある。一緒に行きたいな」
楽しみにしています、とシリル様を送り出した。三日前から新しい習慣が始まったの。夫婦なら当たり前らしいわ。出かける夫の頬にキスをする。触れるだけの軽いやつだった。これが愛情を深めて、結婚を祝福した女神様達へのお礼になるみたい。
「いってらっしゃい、シリル様」
「いってくるね、マリー」
ちゅっと音をさせて唇を当て、私も貰う。擽ったい感じで、むずむずしちゃう。この挨拶を始めてから、ラーラやアーサー、ダレルも目を逸らすのよ。もしかして人前でしたらダメなのかしら? でもシリル様は何も言ってなかったし……今度、ディーお義姉様に聞いてみましょう。




