82.久しぶりのソベリ語
持ち帰ったスコーンは、籠にいっぱい! 蜂蜜とクリームも瓶にたっぷり詰め込まれていた。夕食前にアーサーやダレル、ラーラに味わってもらう。美味しいと評判が高くて、特にダレルは甘党みたい。二つだけ残して、三人で分けてもらった。
ラーラは仲良くなった侍女仲間と分けるんですって。アーサーやダレルは、王宮の一角に部屋をもらっている。仕事終わりに部屋で食べると聞いた。家族が一緒じゃないから、寂しいでしょうね。
「いや、そうでもありません」
アーサーはさらりとそう言い切った。きょろきょろした後、ソベリ語に切り替える。誰かに聞かれたときの用心かしら?
『あんだら、気のつぇえ妻から逃げらんで、ホントよがった』
『あ? 貴様んとこの嫁は、本気でこえぇかんな』
奥様の悪口? と思ったら、二人とも口元が笑ってる。なんだかんだ言っても寂しいのよ。大好きなのね。
『そっだらごど、聞かれだら殴られっど』
私は奥様に叱られるわよ、程度の軽い感覚で口にしたのに……二人は青ざめた。もしかして、本当に殴られちゃうの?
「失礼しました。妻が近々、その……こちらにお伺いしたいと」
「屋敷で一緒に暮らしたらいいわ。護衛の仕事は通いでもできるもの」
私の護衛は、現在のところ昼間だけの仕事だった。夜はシリル様と一緒にいるから、王宮の騎士達が、守ってくれる。国境を守る公爵家や辺境伯家は、王宮に近い区域に屋敷を与えられると習った。これは緊急時に駆け付ける意味もあるし、労いや信頼を示す方法でもある。
学んだ知識を披露したら、二人とも驚いた顔をしていた。私だってちゃんと学んでいるのよ? 王弟妃でいる時間は短いわ。シリル様が臣籍降下したら、すぐに公爵夫人になる。だから貴族同士の関係や領地について学ばないと間に合わなかった。
「いろいろと考えておられるのは、よいことですぞ」
「動かれているのが、さらにいい」
褒めながらも、二人の手はスコーンに蜂蜜やクリームを乗せている。ふふっ、美味しいから奥様がお見えの時にも焼いてもらいましょうね。
夜になってシリル様と夕食を頂いた。今日は打ち合わせがあるらしく、クリスお義兄様やディーお義姉様とご一緒できなかった。美味しい料理を堪能し、体を清めてベッドに入る。まだ小柄なシリル様を抱きしめて目を閉じ……はっと思いだした。
「いけない! 聞き忘れてしまったわ。シリル様、サルセド王国の方々はどうなるのですか?」
「……マリー、そういうのは明日にして。もう眠いから……あふっ」
欠伸をするシリル様は年齢相応に幼く見えて、すごく悪いことをした気分になる。大丈夫、明日まで覚えていて聞いたらいいんだもの。また抱きしめ直したシリル様と温もりを分かち合う。幸せね、明日は編み物の続きをして……考えが溶けていく。大事なこと、忘れないといいけれど。




