08.親しくさせていただきます
謁見の間では、一般的な王族同士のご挨拶が交わされる。半ば言葉や仕草が決まっているから、無作法もなく終えた。ほっとしたところで、お義姉様に当たる王妃殿下に誘われる。
「こちらでお茶でもいかが? せっかくですもの、仲良く過ごしたいわ」
砕けた口調になったことから、私的なお誘いと判断する。断るのは簡単だけれど、ここは従うのが正解ね。今の「お茶でもいかが?」は後ろに「お前に断る権利などないけれど」が潜んでいると思うの。
「光栄です、王妃殿下」
微笑んだ途端、隣で腕を組むシリル様が口を挟んだ。
「義姉上、僕も同行します」
えっと……そんなに危険はないはずよ? 私も一国の王女でしたから、それなりに対応できます。でも夫の同伴を断る新婦もおかしいかしら。
「ではどうぞ」
考えている間に、促されて話が進んだ。驚いたことに、国王陛下もご一緒なのね。心配なさらなくても、王妃殿下に危害を加えることはありませんのに。
控え室なのか、豪華だけれど落ち着いた部屋に通される。家具は応接用のローテーブルやソファー、飾り棚がすこし。食器の入った棚が角にあり、その隣は本がびっしり。書斎と居間を足して割ったような感じね。
「アンネマリー姫、隣にお座りになって!」
先ほど謁見の間で公的な顔をしていた時は、落ち着いた雰囲気だった。王妃殿下は少女のようにはしゃぎ、ご自分が座った隣を手で叩く。従うべき?
「義姉上、マリーは僕の妻です」
むっとした口調でシリル様が頬を膨らませる。可愛い、指で突きたい!
「やれやれ、そこは私の席ではないのか? シンディー」
王妃殿下はシンディー様、国王陛下のお名前は……確か。
「意地悪言わないで! クリフ。綺麗な義妹が出来たんだもの。仲良くしたいじゃない。着飾ったり、一緒に過ごしたり、楽しみにしていたのよ」
そうそう、クリストファー様だったわ。普段はクリス様と略すのね。
「マリーは僕と座るよね?」
「一晩独占したんだから、今くらい譲ってくれてもいいじゃないの。アル」
シリル様が「アル」? ファーストネームの「アリスター」から来ているのかしら。
「シンディー、新婚に無理を言ってはいけないよ」
当然のように手を引かれてソファーの前に来たものの、王妃殿下の視線が気になり座りづらい。国王陛下が隣に座って、王妃殿下の隣を埋めてくれた。唇を尖らせる王妃殿下はとても愛らしい方だわ。
国王陛下はシリル様とそっくり。数年後のシリル様を見るような気持ちになった。王妃殿下は色合いが全然違う。日に焼けた肌は活発そうなイメージだし、美しい金髪は輝いて見える。何より、澄んだ緑色の瞳が美しかった。
「アルはマリーと呼ぶのね。私もそう呼んで構わないかしら?」
「はい、もちろんです」
「僕は嫌です」
え? 夫であるシリル様が反対するなら、私も嫌と答えるべき? どうしたらいいの。困惑して二人の顔を交互にみていたら、陛下が大笑いした。
「あははっ、アルが年相応の振る舞いをするなんて、珍しい! マリーだったね、私もそう呼ばせてもらおう。いいな? アル」
私ではなく、シリル様に許可をとる。若くして国を治めるだけあって、こういうところ上手だわ。私に許可を求めたら、今は答えられないもの。シリル様もお兄様の言葉では逆らえない。
「ずるい……」
ぶすっとした態度になるも、反対はしなかった。
「私たちのことは……そうだな。クリス兄様、ディー姉様でどうだ? アルもミドルネームを呼ばせるほど、心を許しているようだ。仲良くしてやってくれ」
「っ、はい! ありがとうございます……クリスお義兄様」
照れてしまうが、許可されたのでお名前で呼んだ。
「私も呼んでちょうだい!」
「はい、ディーお義姉様」
「きゃあぁぁぁ! 素敵、可愛い義妹ができて幸せよ。ドレスも見立てたいし、宝飾品も選びたいわ。時間を作ってちょうだいね」
興奮して話すディーお義姉様は、さっそく押しかけてきそう。この予想は当たるわね。でも好意的に接してもらえてよかったわ。