77.優しさの味がする昼食
朝食がほぼ手つかずで戻ったため、料理人達は工夫してくれた。まず、熱くも冷たくもない料理を用意する。スープもぬるいし、塩はほぼ感じられなかった。コーンの甘さと牛乳? あと何か別の野菜が入っているわ。
ぬるいスープを、小さなスプーンで口に入れる。普段のカトラリーを使わず、デザート用のサイズにするだけで唇に当たらないの。中に入ってしまえば、あまり沁みないわ。牛乳が口当たりをまろやかにしてくれるとか、料理人から聞いたラーラの説明に頷いた。
お肉はやめて、お魚に変更されている。ソールズベリーのお昼は軽くて、量が少ないの。代わりに午前と午後にお茶の時間を設け、スコーンなどをたくさん食べる。その習慣を無視して、しっかりしたお魚料理……これ、初めて見るわ。
一匹丸ごと調理した魚と思われる物体は、何かに包まれていた。パンかしら? 聞いたら、パイ包みですって。料理に同行した料理人が、見事な所作でカットしていく。観劇する気分で、楽しく見ていた。パイ皮はソースでしっとりするし、唇に貼り付く心配はいらない。
中央の魚を骨から剥がして、パイの皮と一緒にいただく料理なのね。でも食べづらそう……と思ったら、濃茶のソースがかかっている上から、クリームを掛けた。別の容器で持ってきたクリームは、とろとろと魚を覆う。
これで完成みたい。お皿を差し出した料理人は、小さめスプーンで器用に魚とパイを乗せてクリームを掬った。
「こうしてお召し上がりください」
腫れた唇に悲しそうな顔をされる。ごめんなさいね、見苦しいけれど……と思ったら、違う意味だった。食べ盛りの二人がケガのせいで食べられない、お腹を空かせているに違いない。という心配のほうだったわ。私だけでなく、シリル様にも同様にしてスプーンを差し出す。
多めにスプーンを用意し、次々とスプーンに掬っては差し出された。口の中も少し切ったから沁みる心配をしたけれど、クリームが触れても痛くなかった。味付けを極力薄くしていると説明され、その努力に感謝を伝える。
「嬉しいわ、ありがとう」
「私どもの仕事でございます。ですが、調理場の者にもお礼を賜ったと伝えても構いませんか?」
「もちろんだよ」
シリル様も同意し、料理人は嬉しそうに笑う。私のお兄様より少し年上かしら? 穏やかな感じの人だわ。所作も綺麗だし、食べ終わるまで手伝ってくれた。本当にありがたいの。お陰で、空腹に耐える必要がなくなったのだから。
「私、この国に嫁いでよかったです」
シリル様は「光栄だね」と微笑んでくれた……が、すぐに痛みで俯いた。微笑もうとして、同様に痛みで呻いた私も手で顔を覆う。なんとも締まらないわ。




