75.びっくりするくらい不細工
当然だけれど、翌朝は二人とも唇が腫れた。それは見事な腫れで、挨拶に来た護衛のアーサーが目を見開く。
「殴りあった傷、ではありませんな」
そういうのって見ればわかるのかしら。断言されて、頷く。腫れているから、話す言葉を少なくしているの。私はほぼ真ん中で、左側も少し。シリル様は全体に右側が腫れている。私が左利きなら殴った位置になるかも? いえ、それなら口角が切れるのよね。
朝食も自然と無口になる二人。だってスープは沁みるし、ドレッシングは痛いし、卵料理にかけた塩と胡椒さえ涙が出るの。ほとんどをパンに挟んで齧ればいけるかも! と思ったけれど、パンを齧るために口を開けるのも痛かったわ。
お腹はまだ入ると訴えるけれど、痛くて食事を中断した。シリル様も似た感じね。果物に至っては、激痛で諦めたのよ。綺麗に剝いてくれた料理人に謝りたいくらい、本当に残したくなかった。朝食が足りなかったせいか、溜め息が増える。
はぁ……ついつい口を出る溜め息は、残念さの表れね。着替えて、今日の予定を確認する。私は特にないので、お兄様に会おうかしら? シリル様は公務があるらしく、ダレルが護衛についた。彼も私達の傷を見て「痛そうですな」と眉根を寄せる。
そんなに腫れているの? 先ほどは外へ出る予定がなかったから服だけ着替えたけれど、お兄様に会うならドレスを用意しないと。化粧も必須よね。ラーラに伝えて鏡台の前に座り、目を見開く。零れ落ちそうなくらい凝視する先に、でっかい毛虫みたいな唇の私がいた。
「……っ、お兄様、とは、会わない」
「そうですね、お化粧も控えましょう。代わりに手当てをいたします」
ラーラも同意するくらい、びっくりの大ケガだわ。シリル様のほうが腫れが少なかった気がするのは、ぶつかった衝撃は私のほうが強かったから? だとしたら、少しだけ罪悪感が薄れるわ。だって私が失敗して転んだんだもの。シリル様のほうが腫れていたら、申し訳ないじゃない。
今日は大人しくするつもりで、ドレスより丈の短いワンピースを被る。背中を編むタイプのリボンがついていて、緩めてすぽんと着られるの。背中が可愛いのも嬉しいし、シリル様が選んでくれた服なのよ。着替えて鏡の前でくるりと回る。
うん、唇以外は可愛い! べろんと腫れた唇は、外へ捲れたように太くなっていた。すっごい不細工だわ。腫れたシリル様は痛々しいけれど、美少年だったのに。私だけ残念な顔なのは傷つく。まあお嫁に行けなくなる心配はないけれど。
暇つぶしに歴史書でも読もうと思っていたら、アーサーが部屋の隅で鍛錬を始めた。見ていたら興味が湧いて、私も試したいと伝える。
「スカートでは無理ですな。それと……おそらく王弟殿下に叱られますぞ」
そういうもの? 部屋で一人で時間を潰せて、体力もつくんだもの。許してくれるか聞いてみましょう。




