73.得難い友人と被った名前 ***SIDEマリー兄
純粋な妹アンネマリーには、到底聞かせられないな。激しい口調でこちらを罵る阿呆を眺めながら、私は隣の友人を眺める。むっとした顔で聞いているが、怒りが蓄積している様子だった。
隣国の王は、思ったより常識的で気の合う人だ。お陰で得難い友人が増えた。王太子という立場は難しく、簡単に弱音を吐けないし親友もできにくい。王族である以上、利害を考えない友人はできないと諦めてきた。もう成人したこの年齢で、こんな出会いがあるとは。
偶然とはいえ、名前の響きもよく似ていた。隣国の王と愛称が同じなんて、滅多にない。ソールズベリー国王クリストファーと、ヴァイセンブルク王国王太子である私クリストフ。友人を愛称で呼ぶには、どちらかが妥協しなくてはならない。あれこれ考えた結果、そのまま呼ぶことにした。
「よく我慢しているな、クリストフ」
「いや、ほとんど聞いていないだけだよ」
話しかけられて、肩を竦めて流す。実際、まともに聞く気がなかった。牢に押し込まれた元貴人達は、己の立場や一方的な見解を捲し立てる。なぜ許されると思っているのか……以前に、罪に問われた状況を理解していなかった。
騒動の原因であるサルセド王国の末王女カルロータは、「こんなことして、お父様が黙っていないわよ。ここから出しなさい」と傲慢に命じてくる。逃げ損ねたサルセド王国の貴族も「外交問題だ」とふんぞり返っていた。
一つ間を空けた牢で蹲るのは、ソールズベリーの元侯爵夫人だ。彼女は、問題が発覚してすぐに夫に離縁された。帰る場所がなくなり、己の罪を突き付けられ、茫然としている。この事件で、一番静かな罪人だった。
「クリストファー、どうするんだい?」
「そうだな、全員首を刎ねたいところだが……」
つい先日の会議で、王女らの処遇が決まったばかりだ。集まった周辺国の使者が口々に訴えたのは、サルセド王国との国交拒否だった。鎖国を解いたばかりの国だが、このままでは自国へ悪い影響を持ち込まれる。ある意味での「隔離措置」だった。
自国へ入れないし、取引もしない。民間レベルでの交流も断りたいのが本音だ。そうなると、事実上外側から鎖国しているのと同じだろう。国民には申し訳ないが、自分達で自浄作用を働かせてもらうしか道はなかった。
他国から援助はしない。枯れた土地にも興味はない。決まった以上、周辺国を裏切ってまで取引する国はないはずだ。サルセド王国の滅亡はほぼ確定だった。
「とりあえず、王女は返送しよう。盗んだとか手を付けたとか、勝手に妄想されても困る」
暴走ではなく? 首を傾げるが、妄想でも正しい気がする。クリストファーの言葉遣いは参考になるな。我が国はわりとのんびしているから、今後他国とやりあう時には彼の尽力を頼もう。
「上で妻の淹れた茶でも飲もうか」
友人に誘われ、頷いて地下牢を後にする。後ろできゃんきゃん騒ぐ声が聞こえなくなる頃、明るい光が見えてきた。マリーの政略結婚は二転三転して、うまくいっているようだ。家族に報告する内容を頭でまとめながら、促すクリストファーの後を追った。




