69.腐った大木は倒れてしまうの
サルセド王国に対して、どう対応するか。シリル様はそう口にした。確かにそうだわ。とりあえずソールズベリー王国は直接の被害を受けたから、抗議するでしょう。実家であるヴァイセンブルク王国も、しっかり苦情を申し立てるはず。
武力に優れた強国と歴史が古い祖国、どちらも影響力が大きかった。
「とても可哀想だわ」
「どうして、そう思うの?」
シリル様は向こうが悪いと言い切る。実際に秋波を送られ、夜這いを掛けられたシリル様が怒るのは当然だけれど。
「だって、国がなくなってしまうもの」
シリル様の唇が「気づいていたの?」と動いた。声に出さなかったけれど、私だって王族よ。それなりに厳しい教育は受けたし、礼儀作法や外交に関する知識もあった。どう考えても、サルセド王国が巻き返す方法が思いつかないの。
それが答えなんだわ。取り返しのつかない失敗をして、そのお詫びすらしない。誰も助けてくれる人は現れない状況を、自ら作り出したんだもの。でも国民に罪はない……いえ、そうかしら?
王族や貴族が横暴な振る舞いをしているのを、見過ごしてきた。もちろん簡単に状況が覆せないことは承知しているわ。それでも声を上げなかった。声を上げた人が処分されたなら、そこに重ねて抗議するべきよ。
「どこまでいっても、理想論だけれど」
自分の考えを口にしたあと、悲しくなって付け加えた。殺されるかもしれない状況で、声を上げる勇気が私にあるかしら? 怖いと思うし、死にたくないと膝を抱えて動けないかも。外からいうだけなら、誰でも出来る。
「それでも、僕はマリーの考えを支持するよ」
「私も同じですな。だからこそ辺境伯を勤められた」
シリル様とダレルは、私の身勝手な考えを肯定してくれた。少しだけ嬉しくなる。
「鎖国していた状況で、民に逃げ場はなかった。独裁状態なら逆らうのも命がけだろう。それでも、誰一人声を上げなかったとは考えられない」
ダレルは淡々と考えを述べた。いつもアーサーと話す際の方言はなしで、綺麗な発音で聞き取りやすく、辛辣な言葉が並ぶ。
「国民は己の安寧のために、声を上げた人を見殺しにした。そんな悲劇が何回か繰り返されれば、さらに声を上げにくい環境が出来上がる。すべて自分達が招いたことだ」
悲しそうな顔のダレルに、私は「そうね」と声を重ねた。最悪の事態になれば、サルセド王国は封鎖されて自滅する。多くの人が王侯貴族の足元で亡くなるとしても、全滅はあり得なかった。民としての血や文化を受け継ぐ場所は残る。
せめて振られた王女が諦めていたら、国王が彼女をあんな風に育てなかったら……何か違っていたのかもしれないわ。




