68.マリーはそのままで ***SIDEシリル
本当に可愛い考え方だ。ヴァイセンブルク王国は歴史が古く、教育も厳しい。だが末姫のマリーは愛らしい顔できょとんと首を傾げた。
王族の暗殺未遂がどれほどの重罪か、まったく理解していない顔だ。夜這いだって同じで、国の恥だの騒ぐ前に姫としての生命線を絶たれる事態だった。二度と他国の王侯貴族に嫁げない。未遂かどうかではなく、貞操観念が緩いと判断されるからだ。
王族はその選ばれた血を大切に受け継ぐ。だから古き王国ヴァイセンブルクの血は価値があった。もしマリーがあの王女のように奔放に振る舞ったら、国を出ることなく飼い殺されただろう。いや、間違って子が成せないよう処置されるか。
王家には、私生児は存在しない。これは公式見解であり、どんな状況であれ覆ることはなかった。それくらいなら、数代前に血を受け継いだ公爵家から養子をとる。私生児が存在すると認めたら、その国の血は濁ったと判断された。他国との政略結婚は認められなくなる。
サルセド王国が鎖国状態にあったとして、その程度の常識も消えているなら……この先の運命は決まったも同然だ。兄上が手を下すまでもなく、他国に見下されて滅びるだろう。鎖国をそのまま続けられない事態に陥ったから、外へ出たのならなおさら。他国の流儀を無視して通るはずがなく。
「シリル様、このお菓子……甘くないです。不思議な味」
レモンを使った酸味の強いクリームに、マリーは驚いた顔をする。食に関する興味が強いようで、先ほどもハムやチーズの話をしていた。自国の製品をソールズベリーに売り込もうとする姿勢は、王族らしくて好感が持てる。あとで大臣達にも話しておこう。
「レモンの果汁と皮を使っているんだ。ほら」
小さな粒を示すと、感心した様子でまた一口。唇の端に残ったクリームを、指先で掬って僕が一口。真っ赤な顔で照れる様子が、本当に愛しい。早く大人になって”本当の夫婦”になりたい。
「サルセド王国はどうするつもりかしら?」
もう忘れてもいいと伝えたのに、やっぱり心配している。お人よしで優しくて、でも王族らしい矜持を持った妻に微笑みかけた。
「彼らがどうするかではないよ。もう他国に情報は知れ渡っているから、皆がサルセド王国に対してどう対処するか、だと思うね」
他国の王族、それも既婚者を襲撃するようなはしたない王女など、誰も要らない。許し甘やかす国王も不要だった。となれば、枯れたサルセドの土地に価値を見出せるかどうか。まあ……滅びるしか道はないと思う。
サルセド国民は国という庇護者を失い、難民となる。いっそ攻め込んで滅ぼされたほうがマシかもしれないね。兄上はそんなに親切じゃないだろうけれど。にやりと笑って、マリーの手に残るお菓子を口に入れる。もちろん、お菓子を摘まむ指先もしっかり味わった。




