66.ハムを交換しましょう!
午前中はほとんど寝て、起きたのはお昼を過ぎた頃。午後のお茶には早い時間だけれど、軽食を運んでもらった。ディーお義姉様が起きていたら、合流してくれるよう伝える。お返事は意外なものだった。
「え? ディーお義姉様は仕事に戻られたの?」
「はい」
侍女は丁寧に挨拶して出ていく。ディーお義姉様はすごく真面目なのね。クリスお義兄様の手伝いに行ったんだわ。私も何かできないかと思うけれど、嫁いだばかりで何も知らない。文官の方の顔もわからないし、書類もどこへ片づけるか。まったくわからなかった。手伝いようがない。
「今回、僕達は被害者だよ? 動き回ってたらおかしいだろう」
なるほど! 私達二人は、サルセド王国へ抗議する際に「寝込んでいる」とか「ショックで食事も喉を通らない」とか、そういった役をこなすのね? だったら大量に食べたらまずいかも。
「考えていることが顔に出ているから、答えるけど……ちゃんと食べていいよ。その辺は兄上の手腕だからさ」
「あ、はい」
スコーンにジャムをたっぷり、クリームは少なめに載せる。ぱくりと食べて、紅茶で流す。スコーンは美味しいけれど、喉が渇くのよ。隣のパンは柔らかそう。そちらを手に取り、同じ皿に盛られたサラダやハムを挟んで齧る。
「ほいひぃ」
「よかった」
落ち着いた口調で微笑み、ゆっくりと紅茶のカップを傾けるシリル様。おかしいわ、私のほうが子供じゃない? 振る舞いを直さないと! お淑やかに見えるよう、パンを指先で摘まんでみる。挟んだハムがぽろりと落ちた。
「ふふっ、マリーは可愛いね」
何かしら、この余裕。笑われちゃったわ。むっとしながらも、落ちたハムを拾って……迷う。いいわよね? パンの隙間に突っ込んで、そのまま齧った。このハム、塩気が強くなくて柔らかい。実家のほうの透き通ったハムと製法が違うのかも。
「シリル様、このハムですが」
「ん? 燻製させて作るんだよ」
くんせい? 言葉の感じだと、燻すみたい。ダレルが後ろからこっそり教えてくれる。大量の煙で満ちた場所に、半日から一日放置するのね? あれこれ話を聞いて、私は確信した。
「このハム、ヴァイセンブルクで売れます!」
「……ハムが?」
「ええ、代わりに我が国のハムを輸出しましょう。交換ですわ」
シリル様は首を傾げているけれど、食文化の違いは大きいんですよ。我が国はチーズも種類がありますから、一緒に挟んだら美味しいでしょうし。ヴァイセンブルクの透き通ったハムの説明を始めた。向こう側が見えるくらい薄く削る。塩気の強いハムだから日持ちもする。
「カビが生えるほど保管できる? それは……備蓄に最適ですな」
ダレルが感心したように呟いた。ヴァイセンブルクはのんびりした国で、あまり発展していないけれど……古い食文化の継承は行われている。互いに利点があると思うわ。




