64.戦うのは無しで!
朝まで騒がしかったので、結局眠れなかった。欠伸を噛み殺しながら迎えた朝日は、目に沁みるわ。ラーラが気遣って、化粧を変えてくれた。そんなに顔に出ているかしら。
「マリーは寝不足に弱いからね」
苦笑いするお兄様は、補佐官のシリングス卿を連れていた。彼は昨夜、ヴァイセンブルク王国への使者を用意して忙しかったみたい。同行した騎士の一人が、馬を駆って単騎で向かったの。国境で伝令を引き継ぐなら、また戻ってくるのよね? 労ってあげてほしいわ。
「午後になったら休めるよう手配をしたから」
シリル様はお顔の色がやや青いけれど、体調は悪くないと笑った。私も疲れているから、午後は一緒に休みたいと伝える。ソールズベリー王国として、今回の件は厳しく抗議するそうよ。甘い対処では、今後舐められてしまうもの。
こういった政の機微は、私も習ったわ。許すべきところと、絶対に許してはいけない部分を間違えてはいけないと。
「使節団の方々はなんと?」
「国王に伝えるが、おそらく国内で王女が罰せられることはないだろう。それが答えだ」
「あら」
サルセド国王にとって可愛い末娘でしょう。でも今回の我が儘を許したら、外交は無理だった。鎖国同然に暮らしていくならいいかもしれない。使節団の説明によれば、自給自足の限界が来ていた。干ばつで乾いた大地は恵みをもたらさない。
厳しい生活を強いられる民は、小さな決起を繰り返した。大きな暴動にならないのは、締め付けが厳しいからだそうよ。民が生活に困窮すれば、やがて王侯貴族の生活も破綻するわ。税を上げるにも限界があった。
「お気の毒ね」
歴史が古い国だからこそ、ヴァイセンブルクの王族は学んでいる。民を大切にすること、適正な税を徴収して半分は民に還元すること、国の施策を誤ったら責任をとること。当たり前だと思っていたけれど、サルセド王国にはないみたい。
「いっそ滅んでもいいと思いますぞ。ソールズベリーに統合されれば、民の生活は楽になります」
アーサーはさらりと言い切った。反論できないわ。国や王族が滅びるのは悲しいけれど、民を顧みない罰よね。シリル様はもっと苛烈な意見を口にした。
「滅んでも、だと? いっそこの手で滅ぼしてやる」
「まあ……怖いのでおやめになって」
「……わかった」
お母様の真似をして止めたら、本当に止まってしまった。お父様と同じで、シリル様も「ちょろい」というやつかしら? ところで、いまだに誰も「ちょろい」の意味を教えてくれないの。お母様が使っていたのだから、悪い言葉ではないと思うのに。
「戦いで傷つくのは民だ。ヴァイセンブルクは古さだけの国だが、だからこその戦い方がある。アル殿、国王陛下に謁見を申し込んでくれ」
お兄様には秘策があるの? 任せてみましょう。頷いた私に、シリル様も同意してくれた。




