62.これって襲撃? 夜這い?
手を繋いで横になったけれど、すぐにシリル様が抱きついてきた。胸元に引き寄せて、彼の黒髪を撫でる。寝息が聞こえたので、私も眠りに身を委ねた。
ここまではいつも通りだったのに、なぜかしら。夜中に目が覚めた。一度寝たらあまり起きるほうではないのに? 自分でも不思議に思う。喉も乾いていないし、トイレも大丈夫。そこで気づいた。
腕の中のシリル様が、人差し指を唇に押し当てているの。これって「しぃ」の合図よね。黙っていてほしいのね。動かないほうが良さそう。寝たふりで体の力を抜いたら、シリル様が僅かに体の位置をずらした。目を閉じているから、状況がわからない。
「っ! 誰だ!」
「きゃああ!」
え? いまの悲鳴は誰?! この部屋は王弟夫妻の寝室だから、私とシリル様以外はいないはずよ。目を開けたら、身を起こしたシリル様が、短剣を構えていた。護身用に枕の下に入っていたやつだわ。
扉を叩く音に、シリル様が「入れ」と命令を下す。護衛の騎士が飛び込んできた。剣の柄を握る彼らがゆっくり近づき、私はショールを羽織る。使用人は異性に数えないけれど、既婚者が夫以外に肩や胸元を見せるのは問題だわ。
「ご無事ですか?」
王宮の侍女も飛び込んだ。今日はラーラが当番ではないので、控え室にいた侍女ね。彼女は大急ぎでベッドに駆け寄り、私の盾になる位置へ身を滑り込ませた。その間に、私はベッドから降りる。
「誰なの? 何が……」
「妃殿下、まずはお下がりください。危険です」
侍女の言い分も尤もだし、シリル様がまだ険しい顔をしているので後ろに下がった。廊下側の壁まで移動し、背を壁に押し当てる。王族教育で習った通り、背中から襲われない方法よ。可能なら部屋の角を使うのだけれど、逃げ場もなくなるし。
「……怖いです、アルスター様」
「名を呼ぶ栄誉を与えていない。無礼だ」
いまの声、サルセド王国のカルロータ王女? 首を伸ばして確認しようとするも、侍女の背中に阻まれてしまう。厳しいシリル様の返しは、怒りが滲んでいた。
「牢へ放り込め」
「はっ!」
「やめて、離して! 私はサルセドの王女なのよ!?」
命令を受けた騎士が動き出す。他国の王族であろうと、自国の王弟夫妻の寝室に忍び込んだ以上、賊として処理する。命を狙った暗殺未遂の可能性もあった。実際のところは、シリル様と既成事実を作ろうとした、とか? でもまだ十五歳……いえ、その年齢なら考えられるわね。
十歳のシリル様と既成事実が作れるかどうかは、別として。一緒のベッドで朝を迎えるだけでも、十分過ぎる醜聞だもの。困った王女様ね。引きずられていく彼女の寝着は透け透けで、目のやり場に困った。あんなの痴女同然じゃないの。




