57.王族として問題あり過ぎだわ
シリル様が振り返る。私には見えない角度で、彼は笑ったらしい。その笑顔は、想像するに怖かったのではないかしら? だって、見たお兄様が震えているし。サルセドの王女も青ざめた。
「いま、なんと言った? 僕の妻を、お前如きが……っ!」
「だめっ!!」
それ以上はダメ。振り上げた手は、お兄様が掴んだ。私はシリル様を強く抱きしめる。胸に顔を押し付ける姿勢で、がっちりホールドよ。歳下でも男の子だから、力で負けるかもしれない。
「……違う意味で、苦しそうだけど」
ぼそっとお兄様が呟いた。呼吸が苦しそう、という意味かも。覗くと真っ赤な顔で、シリル様が固まっていた。やっぱり苦しい? 暴れないなら緩めてもいいんだけれど。
まだ緩めないほうがよさそう。だって、じたばた手足を動かし始めたわ。
「サルセド王国、第三王女カルロータ殿。我が国の王弟妃への態度を改めぬなら、貴国との交流はこれまでとする」
立ち上がったクリスお義兄様が、ソールズベリー国王としての意見を述べる。ディーお義姉様も険しい表情だった。こちらでのやり取りは聞こえていたみたい。慌てて使節団の人が頭を下げ、王女に退場を促した。
「嫌よっ! 私がお願いすれば、お父様はなんでも叶えてくれるわ。私はこの人と結婚するの!!」
驚いて私の動きが止まった。なるほど、サルセド国王陛下は、末姫を甘やかして躾けなかったのね。シリル様がするりと抜け出た。でも落ち着いた様子なので、もう大丈夫みたい。シリル様の腕を離したお兄様が、呆れ顔で首を横に振った。
「やれやれ。サルセド王国との付き合いは、我が国も考え直すべきだね。彼女が代表になるのだから、察してしまうよ」
辛辣な言葉を、わざと聞こえるように投げつけた。国の代表として、他国へ訪問した王族が……こんなに子供では困るわ。王族は貴族より厳しい教育を受けるべきなの。少なくとも両親はそうしてきた。
国の代表となる可能性がある以上、嫡子か末っ子かは関係ない。同じように振る舞える必要があった。私も王女と同じ末姫だけれど、こんな状態なら国から出られなかったはず。
睨むカルロータ王女の前へ、シリル様は厳しい表情で立ちはだかった。私を庇うように数歩踏み出す。少し顎を反らし、見下す態度で腰に手を当てた。すごく傲慢そうな感じだわ。
「本当にお前が王女なら、サルセド王国との付き合いは断る。さっさと国に帰れ、猪女!」
いの、しし? 何かしら、それ。きょとんとした私は、お兄様へ視線を向ける。こそっと教えてもらったのは、猪が真っ直ぐに走る野生の獣だということ。知らなかったわ。後で図書室から本を借りて調べておきましょう。
祖国では見なかったけれど、この国にいるかもしれないもの。




