56.その暴言はまずいわ
シリル様は私に対して首を横に振った。何も言わなくていいのね? お任せすることにしたら、なぜかしっかり腕を組まれた。別に逃げたりしないのに。
「他国の王太子と約束がある。どいてくれ」
少し先で振り返ったお兄様が、状況を判断するように目を細めた。
「え? でも、あのお話がしたくて」
「どいてくれ。友好国の王太子との約束を破らせるほど、君に価値があるとは思えない」
きっちり「邪魔」と言い切るシリル様の辛辣さに、一言言いたくなる。泣きそうになってるわ。でも、さっき黙っててくれと示されたから。妻としては夫の顔を立てるべきよ。どかずにスカートを握る王女を避けて、シリル様はお兄様のほうへ向かった。
「っ! 私、あなたの妻になりたいの!!」
「迷惑だ」
その瞬間、やっと状況が呑み込めた。そういうことなのね? 一目惚れでシリル様に微笑みかけて、隣にいる女である私を睨んだ。今も私に挨拶をしなかったのは、見落としたのではなく……意地悪? やだ、この子、いい度胸しているわ。
他国に来てやらかし過ぎじゃないかしら? こてりと首を傾げたところへ、シリル様が話しかける。
「マリー、構ってはいけないよ」
「はい」
優しくしないよう、警告されちゃった。確かに優しくされたら縋るし、諦められないわよね。余計に残酷だから、何もしないのが正解よ。私よりよほど大人の振る舞いだった。
「マリー、アル殿。大変なことになっているね」
「お兄様……」
お兄様もやりとりから理解したようで、眉尻を下げて感情を伝えてくる。まだ後ろで「好きです」だの「お話を聞いて」と騒ぐが、使節団の数人が止めに入った。
現時点で、まだ同盟も友好関係も結んでいない王族相手に、絡んでいる状態だもの。外交問題になってしまうわ。しかもシリル様は妻帯者で、隣に私がいる。まずいことに、お兄様もご一緒なのよ。
私が隣国の元王女で、両国は協定を結んだばかり。嫁いだ事情が反転したため、我が国のほうが心理的に優位な状態だった。そこで私を無視して話をした挙句、シリル様を口説こうとするなんて。自殺行為も同然だった。
サルセド王国には、妻帯者に言い寄って不貞を持ちかける、身持ちの悪い王女がいる。他国も参加する夜会で、それを吹聴した形だった。今後を考えたら、なんとしても黙らせたいのが使節団の本音ね。
「王女殿下は疲れておられるようだ。部屋でお休みいただくとしよう」
年配男性の指示に、サルセドから同行した女性文官が視線を遮る位置に立つ。壁際に控える侍女達も動くが、王女の暴言のほうが早かった。
「赤毛の女なんて、似合わないわっ!」
……本当に、王族としての教育を受けた子なの?
 




