54.外交の夜会で緊張しすぎて
シリル様は私を見ると、すごく嬉しそうに笑った。ついさっきまで、詰まらなそうに唇を尖らせて壁に寄りかかっていたのに。ああいう姿は子供っぽくて、ちょっと安心しちゃう。私以上に大人びたところがあるから、子供らしさを見つけると嬉しいの。
着飾ったシリル様のピンクのシャツ、すごく素敵。紺の上着と濃淡が対照的で鮮やかさが際立つ感じね。褒めたら、すぐに返ってきた。
「マリーも綺麗だ。このまま閉じ込めたいな」
「あら、皆様に私を自慢してくれないの?」
軽口を叩く私に、すっと腕が差し出された。行くよの合図であると同時に、自慢すると宣言する意味もあるのね。こういうところよ、シリル様。もっと子供でいればいいのに、王族だからって背伸びしすぎだわ。
「自慢して羨ましがらせて、でも隠したい」
執着の言葉だと苦笑いするシリル様に、私は微笑みを返した。
「私はシリル様が執着してくれると嬉しいわ。愛されている証拠だもの」
「後悔しないでよ? と言いたいけれど、絶対に後悔させないから」
束縛させてほしい。最後の部分を声に出さず、唇だけで伝えてくる。嬉しくなって頬が緩んだ。
『もぢろんだぁ』
『その訛りも本当に愛おしい』
今日の夜会の護衛は、アーサーが担当ね。ダレルは息子夫妻と参加するんですって。二人とも辺境伯だったけれど、今回来訪したサルセド王国は、クロウリー辺境伯領と国境を接している。つまり、ダレルが守っていた国境ね。
アーサーのスタンリー辺境伯領は、別の国と接していた。直接の接点はないそうよ。歩きながら雑談で気を紛らわせ、控え室で深呼吸する。
「安心して、マリー。普段通りでいいの。サルセド王国は友好を結びに来たのですから」
ディーお義姉様の言葉に頷くも、やっぱり緊張しちゃうわ。こういう外交が主流の夜会に、祖国で出たことはある。お兄様が話をして、お姉様が穏やかに微笑んで、私は後ろで守られていたの。何も苦労してこなかった。
後悔しているわ。きちんと外交を学んでおけばよかったのよ。国内貴族と結婚して終わり、と油断していた結果ね。知らなければ、学べばいい。まだ取り返しがつかない年齢じゃないもの。
「困ったら、アーサー殿に頼むといい。辺境伯家の元当主ともなれば、外交はお手のものだ」
クリスお義兄様の言葉にはっとした。まだ未熟だと自覚したなら、誰かを頼ればいいのよ。いつか自分で対応できるようになりたいけれど、今は仕方ない。助けてもらいましょう。
「お願いね、アーサー」
「承知しました。その辺はお任せください」
請け負ってくれたので、ほっとする。組んだ腕をぐいと引っ張るシリル様へ視線を向ければ、さっきよりも唇が尖っていた。指先で押したら、ちゅっと音を立ててキスされる。
「僕だって外交はできるよ。頼るなら僕にしてくれ」
「もちろん、頼りにしておりますわ。私の旦那様」
きらきらと目を輝かせて、もう一度と強請るシリル様に「旦那様」と繰り返したら嬉しそうだった。公爵邸に引っ越したら、呼び方を変えようかしら?




