47.美味しいパンをつまみ食い
パン屋さんに入り、目移りしながら選ぶ。長細いバゲットも欲しいし、丸いパンも……あの三角に尖ったパンは何かしら。あれこれ悩んでいると、シリル様はお店の人に何か話しかけた。
「マリー、選んだのをここに入れて」
渡されたのは紙の袋だった。パンが湿気らないよう、この袋で運ぶんですって。まだ温かさの残るパンを丁寧に入れる。柔らかなパンは、ラーラのもつ袋へ。私が持つのはバゲットや四角いパンよ。シリル様が手伝ってくれたので、希望のパンを厳選できたわ。
代金を精算して店を出ると、目の前に馬車が待っていた。
「義姉上に叱られちゃうから。残りの店はまた来ようか」
「本当ですか?! また来られるのは嬉しいです」
ホクホクしながら馬車に乗り込み、漂うパンの香りに何度も袋を覗く。食べたくなっちゃうけれど、我慢よ。クリスお義兄様やディーお義姉様と分けるんだもの。そう思うのに、車内は本当に匂いが充満して、空腹を誘う。さっき、タコも食べたじゃない。自分に言い聞かせたが、ぐぅと情けない返事をされた。
「っ!」
「少しだけ食べようか」
「でも……」
「僕が食べたいんだ、これなんてどうかな」
シリル様のほうが年下なのに、逆みたいな対応だわ。大人っぽくて、私に恥をかかせないよう言葉を選んでいる。厳しい教育の賜物? 私なんてのんびりと過ごしてきたから、礼儀作法も最低限だった。国内の貴族に嫁ぐと思っていたのよ。今になれば、もっと真剣に習うべきだったわ。
「まだ温かいし、今のほうが美味しいよ」
三角のパンを真ん中で割る。片方を私へ、もう片方をさらに半分にしてラーラに渡した。私の半分をあげようと思ったのに。
「お腹空いてるでしょ? 僕より背が高いんだから、その分食べてもらわないと」
本当に大人びた言い回しね。誰から覚えたのかしら。頬を緩めて「遠慮なく」と笑いかける。一口目を頂いた。サクサクした外側は、表面が崩れていく。
「美味しい!」
「クロワッサンと書いてありました」
ラーラがパンの名前を覚えていた。次に街歩きするとき、絶対に買うリストに入れなくちゃ。
「チーズ、かな?」
しょっぱくて伸びるチーズが入っており、それも美味しい。チーズの量は多くないけれど、アクセントになっているわ。それに表面のサクサクがすごい。
「マリーの頬についている」
え? 取ろうとしたら、その手を掴まれた。逆の手で、さっと口の端に触れる。違うわ、頬のパンを取ってくれたのね。指先で拭うみたいに取ったカケラを、シリル様はぺろりと舐めた。お化粧した頬についたパンを食べるほど、お腹が空いていたの? だったら、どうぞと差し出したら変な顔をされたわ。
ラーラまで一緒になって、失礼ね。




