42.迷子は動かないのが鉄則
困ったわね。街の中心にある噴水のそばで座り込んだ。逸れてしまったわ。
街を歩く人達をぼんやりと眺める。以前に聞いた話だけれど、迷子になったら動かないのが鉄則らしい。私の場合、この広場ね。ここでお迎えを待つのが得策だわ。人目があるから、いきなり裏に引き摺り込まれる心配がないもの。
お金はラーラが持っているから、飲み物も買えないし。次から少しだけでもポケットに入れたいとお願いしてみよう。いえ、そもそも……こんな騒動を起こしたら、次はないのかも。一人で街並みを眺めていると、悪い考えばかりが浮かんできた。
シリル様、怒ってないかしら。視察の仕事で街に出たのに、私を探して時間が過ぎてしまうわ。本当に申し訳ない。
「お嬢さん」
声をかけられ、顔を上げた私は首を傾げた。見るからに貴族っぽい服装だわ。平民の格好をした私に話しかけるなんて、ろくな奴じゃない。もしかして平民を手籠にするという、変態? 以前にラーラから聞いた、夜の雑談を思い出す。
確か貞操を奪って、ポイ捨てするのよ。侍女達の間で噂になっていると聞いた。子爵や男爵の子で、家を継げない子は王宮に勤めることが多いの。侍女だったり侍従や執事だったり、騎士なんかもそうね。文官で身を立てる人もいるわ。
彼らの噂は、市井の写し鏡よ。実際に起きた出来事が元になっているから、お兄様も治世や取り締まりの参考にしていた。
嫌な感じがする。逃げ場を探すも、この男性の連れなのか。三人ほどの貴族らしき男性が、半円になって私を囲む。貴族が相手となれば、平民に助けを求めるのはダメね。彼らが罰せられる可能性もあった。
じりじりと噴水のほうへ下がる私に、警戒されていると気付いたのかも。手を伸ばされる。跳ね除けようとしたその時、シリル様の声が聞こえた。
「マリー、よかった! ここにいてくれたんだね」
駆け寄るシリル様は、ラーラや護衛と一緒ではないの? 一人じゃない! 慌てて彼の手を掴み、私の後ろへ隠した。年上が、年下を庇うのは義務よ。お兄様やお姉様がしてくださったように、私がシリル様を守らなくちゃ。
「お姫さん、お前が一緒に来るなら……その子は見逃そう」
平民にしか見えない、見事なシリル様の変装はバレていない。ここで王弟殿下だと知られたら、大騒ぎになっちゃう。でもついて行く気はないし……アーサー達はどこなの?
苛立っているのか、男達の一人が距離を詰めた。その瞬間、すり抜けたシリル様が、男に足を引っ掛ける。派手に転んだ男の様子に、仲間が色めきたった。
「っ、てめぇ」
振り上げた拳が、シリル様へ向かう。男から庇おうと、私がシリル様に覆い被さった。
「……もういいよ」
ぼそっと呟いたシリル様の声に、「出番だ」「ヒヤヒヤしました」と聞き慣れた声が返る。噴水の水を蹴散らし、アーサーとダレルが間に滑り込んだ。どこに隠れていたの?
 




