36.何か間違えたみたい
食事を終えて、辺境伯家のお二人と別れたら……途端に人に囲まれた。食事中は邪魔しないのが暗黙のルールらしく、ご挨拶なども後回しになるんですって。我が国には、そんなルールなかったわ。でも食事を優先するのは、マナーに近いわね。
大粒のダイアモンドに気がつくと、夫人や令嬢はこぞって褒めてくる。ディーお義姉様のお陰です……を、丁寧に包んで伝えた。
「王妃殿下には、勿体無いほどのお心遣いを頂いておりますの」
玉座に戻ったディーお義姉様は、得意げに微笑んでいる。こうなる未来を見越していたのね。隣のシリル様が満足そうに頷いた。彼女達の挨拶が終わると、グラスを選んで渡してくる。シリル様は口元にグラスを運びながら、そっと教えてくれた。
「今の答えはよかったね。義姉上に可愛がられていると判断すれば、牽制されたり仕掛けられたりする危険が減る」
「……そうなのですね」
まったく、そんな用心はしていなかったので驚く。ヴァイセンブルク王国は、王族の地位が高い。血が繋がる公爵家であっても、準王族として扱うことはなかった。だから王族に対し、試したり牽制したりなど考えられない。
ソールズベリー王国のほうが歴史が浅いから、まだ王族と貴族の間が近いのかもしれない。勉強になるわ。こくりと甘いお酒を一口飲み、グラスを遠ざけた。甘すぎて喉が渇くわ。たぶん、桃の果汁で割ったのでしょう。ガブガブ飲むと危ないと思い、水をもらう。
透明のグラスに入った水を、一気に喉へ流した。と……かっと体が熱くなる。顔や手足が赤くなるのがわかった。
「っ?! マリー、もしかして……」
シリル様が慌てている。なんだかおかしくて、くすくすと笑った。様子がおかしいと気付いたのか、ラーラが二杯目のグラスを手に駆け寄る。差し出され、これまた一気に飲んだ。冷たい水が美味しい。でもさっきと味が違う?
「こりぇ、ちがぃまふわぁ」
「マリーは一度化粧直しをするようだ」
周囲にそう宣言し、腕を組んで歩き出す。当然、専属侍女であるラーラも一緒だった。扉から出ると、膝が笑う。崩れ落ちそうな体を、意外にもシリル様が支えた。すぐに駆けつけた騎士が抱き上げようとするも、私は跳ね除ける。
「らめれしゅぅ、しぃるしゃまのちゅまれすよぉ?」
シリル様の妻だから、勝手に抱き上げたり触れたりしてはダメ。そう伝えるのも、すごく疲れた。そのまま廊下にへたり込む。そこで記憶が途絶えた。
翌朝までぐっすり眠り、目が覚めて頭痛と眩暈に困惑する。隣のシリル様が身を起こし「大丈夫?」と尋ねた。撫でる額がピリピリ痛い。本当に、何があったの?




