35.誤魔化しは失敗、でも仲良くなれたわ
訛っていると言われたじゃないの! 焦る私は無かったことにしようと、顔を逸らした。わかるわね、貴族だもの。王族が気まずい状態なんだから、聞かなかったことにして頂戴。
『姫さんさぁ、おらだちの言葉……話してただか?』
『ああ、おらも聞いだべ』
「っ、な、なんのことかしら」
母国語で返したら、ディーお義姉様とシリル様が額を押さえて溜め息を吐く。クリスお義兄様は苦笑いしていた。
「もうバレたなら、仕方ないね」
クリスお義兄様はそう言ったけれど、ディーお義姉様は違った。
「絶対に隠蔽します。万が一にも揚げ足取られたらどうするのですか」
「私どもがきっちりお守りします。我らの古い言葉を覚えて、歩み寄ってくださった。ヴァイセンブルクから嫁がれた王弟妃殿下は、最高の土産をくださったのです」
「そうですぞ。辺境伯領は田舎と陰口叩く者など、排除してご覧に入れましょう。我らを敵に回す愚か者はおりますまい」
きょとんとして展開を見守る。こちらの初老の男性お二人は、どうやら辺境伯の方々ね。侯爵家クラスの発言権があるし、国防問題になったら元帥の地位を与えられるはず。味方になってくれるのは嬉しい。
微笑んだら、二人も微笑んで一礼してくれた。なぜかシリル様が両手を広げて私を隠そうとする。
「僕の妃だ」
これって、あれですね。子供の独占欲! 姉や母に誰かが近づくと、僕のだと主張するやつです。でも私を妃と呼んでいるので、妻だから近づくな、かしら。
「承知しております。王弟妃殿下にご挨拶申し上げる。スタンフォード辺境伯家当主アーサーにございます」
「同じく、クロウリー辺境伯家ダレルがご挨拶申し上げます」
ご丁寧にとお礼を告げ、シリル様の手を握った。毛を逆立てて威嚇する子猫みたいで可愛いけれど、自国の軍事の要のお二人ですわよ。笑顔で諭すと、しゅんと肩を落とした。
「大人げないと笑う?」
「いいえ。守ろうとして頂いたこと、嬉しく思いますわ」
棘が抜けるように、シリル様の表情や体が柔らかくなる。怒らせた肩は丸く、表情も愛らしく。後ろから「猛獣使いみたいだわ」とディーお義姉様の評価が聞こえた。
「これはまた、なんとも」
「目に毒ですな」
余裕のある話し方をする二人にあれこれ聞いたら、今度、芋もちをご馳走してもらえることになった。辺境伯家は名称の通り、国境を守っている。辺境という単語が田舎と誤解され、一部の貴族に侮られるとか。方言で話す場がなくて寂しいとか。
二人のお話は興味深かった。仲良くなって別れたら、クリスお義兄様が驚いている。あの二人は権力や権威に靡かず、実力主義で気難しい。そう思っていたと聞いて笑った。とても気のいいおじい様達でしたのに。




