34.好奇心でついうっかり
恥ずかしいからと断ったけれど、結局押し切られてしまった。一番の原因は、目の前でクリスお義兄様がディーお義姉様に食べさせ始めたこと。私が断りづらいわ。
「兄上達がしているのだから、マナー違反ではないよ」
副音声で「文句つけるバカは許さない」と聞こえるのは気のせいかしら。妙な癖のせいか、シリル様って黒い一面がありそうなのよ。
「でも……」
「構わないから、ほら」
あーん……は省略されたけれど、唇はその形に動いた。ちらりと横目で確認した先で、ディーお義姉様が丸い肉団子を食べている。美味しそう。食欲を誘う匂いと、微笑んで咀嚼するディーお義姉様の姿に負けた。断じて、早く食べ物を寄越しなさいと訴えるお腹のせいではない。
そっと口を開けたら、カットされたお肉が滑り込む。フォークを引かないので、唇を閉じたらゆっくり引き抜かれた。ソースが垂れないよう気を遣ってくれたのかも。そう思ったら、シリル様は当たり前のようにフォークを口に運んだ。まだ料理が刺さっていないのに?!
口の中に入った肉を噛んでいたため、注意する前にぱくり。そのあと、また料理を選んで刺している。口に入れる順番と刺すタイミングがおかしいわ。指摘する前に、次の料理が運ばれてきた。
ドレスにソースが垂れないよう、小皿を添える夫がイケメン過ぎる。もちろんお顔も整っているのだけれど……。
『夫婦仲がよぐで、安心したでさぁ』
『わかっど、おらもそう思ってただ』
聞こえてきた響きは、懐かしいソベリ語教師達と同じ。思わず、反応してしまった。振り返ったことで、彼らと目が合ってしまう。
「マリー?」
突然横を向いた私に、シリル様が首を傾げる。
『まさが、おらだちの声で振り返ったんだべか?』
『違うべ。そんにしでも、綺麗な方じゃ』
どちらの貴族かしら。身なりから判断して、地位と財力はありそう。教師を務めてくれた方々のこと、聞いてみたいのよね。故郷で美味しかったと評判の芋もちとか。羊の毛刈り体験とか。
「……マリー、やめ」
『どぢらの方々だべ。おらの言葉、わがっか?』
楽団の音楽が響いていて、周辺の人にしか聞こえなかったみたい。でも話していた二人の老紳士は驚いた顔で固まり、侍女の一人は水差しを傾けて呆けている。水が流れ出ちゃってるけれど、いいのかしら。
「マリー、ソベリ語はダメよ」
ディーお義姉様の声で、はっとした。口を手で覆う。どうしよう、やっちゃったわ!




