03.閨事は任せてください!
さきほど夫となったアリスター殿下は、すでに待っていた。ラーラは一礼して下がり、私は立ち尽くす。用意された寝台に座るアリスター殿下は、俯いていた。
そうよね、怖いわよね。
申し訳なさで胸がいっぱいになる。こんな若くて、まだ幼いと言ってもいい年齢なのに。一回りも年上の女を娶らなければならない。ましてや、政略結婚で、戦争になりかけた国の王女だなんて。
「アンネマリー様、こちらへお座りください」
丁寧に示されたのは、ベッドの……なぜか隣だった。並んで座ったら、閨事がしづらいのでは? でも夫が隣にと望むなら、従うのが妻よね。透ける衣装が恥ずかしくて、体を隠しながら腰掛けた。
「僕のことは、シリルとお呼びください」
『っ、まだせで申し訳なかっだ。まだ、へだぐそやけんど……ソベリ語で、話すようにすっけんよ。よろしぐ頼んますわ。マリーと呼んでくんろ』
「……は、はい。あの……マリー様は、ソベリ語をどこで習得されましたか」
『そんりゃ、王宮だがや。そんるずべりーからきだ、ひど、三人も頼んだだ。あど、けぇご……いらんでな』
「敬語なしにするよ、ありがとう」
すごく嬉しそうに笑ってくれて、頑張ってソベリ語を習得した価値があったと思う。まだまだ未熟だけれど、上達したら流暢に話せるわ。嫁ぎ先での摩擦は少ない方がいいもの。
『そんで、閨事に関しで、なんがしってっか?』
「任せてください!」
さすがは王家の男児、しっかり叩き込まれているようだ。教育係が犯罪じゃないのかしら? そう思いながらも、知らないと答えられたら困る。助かったと思いながら、シリルの指示に従って横になった。するりと隣に滑り込んでくる。
侮れない。私の胸に顔を埋め、首筋に唇を押し当てた。これは……うん、寝ている。完全に寝ているわ。擽ったいのを我慢する間に、眠ってしまったらしい。えっと、疲れていたのかな? 仕方ないよね、朝から準備に忙しかったし、下手すると昨日も儀式の手順の確認とかしてたはず。
こんなに子供なんだもの。手一杯だったでしょう。愛おしく感じて、シリルの黒髪を撫でた。青い瞳がないと、さらに幼く見えるのね。王侯貴族の政略結婚は年齢差が普通だけれど、こんなに離れていたら弟だった。それもいいわ。
シリルを立派な紳士に育てて、年増でお役御免になった私は離婚しよう。実家……は迷惑かもしれないから、どこかに小さな家をもらって。ラーラとのんびり暮らせたらいいわね。私にとっては壮大な夢を描きながら、目を閉じた。
腕の中の温もりが心地よい。微睡む私の視界に、淡いピンクの花びらが掠めた。今日の結婚式、女神様の花びらが舞っていたわ。とても綺麗だった。明日になるけれど、お礼の花を捧げましょう。それとお菓子やお茶も……あと……。
考えはゆっくりと解けて、私は描いた夢にそのまま逃げ込んだ。ラーラったら、夢の中でもお菓子を焦がしたのよ?